ハローミスターマイハニー | ナノ
怖い夢を見て目が覚めた。
突然視界が切り替わったのでしばらくの間ぼうっとしてしまった。ああ、あれは夢だったのだろうかと漠然と理解して、体を起こした。さっきまでの恐ろしい感覚が体にまとわりついている。ふと頬に手をやったら濡れていた。涙が出ていたようだった。夢だ、夢だよ、大丈夫だよ。自分に言い聞かせるように頭で必死に思い浮かべる。

「ん、」

おんなじベッドで寝ているスガくんが、こっちを向いた。もぞもぞと体を動かして、重たそうなまぶたを持ち上げようとしている。寝ぼけているだけかもしれない。スガくんは、寝起きが悪い。

「ごめん、起こしちゃった?」

ううん、とかすれた声で呟くスガくんが、目をこすりながら片目でわたしを見た。ほとんどまだ開いていない瞳。

「どした?」

わたしのことなんてほとんど見えてないような状態のはずなのに、いつもより少し低い声のスガくんがそう訊ねてくるから、わたしは一瞬言葉に詰まってしまう。

「なんでもない、だいじょうぶ、」
「……わかった」

スガくんはそれだけ言うと、ぺらりとかぶっていた毛布をめくった。そのまま見つめていたら、スガくんが彼の隣に空いたスペースをぽん、ぽん、とゆっくり叩いて、穏やかな声で言葉を紡ぐ。

「おいで」

その優しい声を聞いた瞬間、からだの中がじんわりと温まっていく心地がした。ああ。わたしに、このひとがいてくれてよかった。不安感と恐ろしい気持ちに支配されていたわたしの心がゆるやかに解きほぐされていくのを感じる。
スガくんの隣に滑り込んで、ぎゅう、と抱き付いたらスガくんがすっぽりとわたしを抱きしめ返してくれた。スガくんの体温があったかくて、心地よかった。

「こわいゆめ見た」
「うん」
「朝起きたらね、スガくんがいなくて」
「うん」
「いっぱい探したのに、どこにもいなくて」
「うん」
「スガくん、死んじゃった」
「……ころすな」
「生きててよかったぁ…」

少しだけ声が震えた。どうしよう。こんなにも。こんなにも、このひとを失うことが、恐ろしい。スガくんにしがみつく力が強くなる。いなくならないで。声にならない言葉で、思う。どうしようもないくらい強い気持ちで。
ぎゅうぎゅう抱き付いているわたしの背中をゆっくり撫でながら、スガくんはまだ死ねないなぁ、と少しだけわらった。わたしからは顔なんか見えないけど、それでも声だけでわらっているってわかるスガくんの笑い方がすきだなぁと思った。空気を揺らすような、静かな笑い。スガくんが笑うと、なぜだか辺りの温度がすこし上がるような気がする。
いなくならないでね、小さい声で呟いたらスガくんが確約は出来ないけど善処します、と変わらずにわたしを撫でた。

「ほら」

そっと頭の上に置かれたてのひらがわたしの髪の毛をくしゃりと混ぜる。スガくんの優しくて落ち着いた声が耳元に落とされる。

「大丈夫、いるからね」

わたしの心に静かに染み入っていく声。暗い部屋の中で、夜はまだ続くけど。

ゆっくりおやすみ。いい夢が見れますように。

スガくんの寝起きでちょっと掠れたままのささやきが、頭に置かれたてのひらの温度が、すべてがわたしの精神安定剤だ。理由のはっきりしない涙が目のはしっこに滲んできて、慌てて目をぎゅっと閉じた。息を吸い込んだらスガくんの匂いがして、それがとても心地よかった。
ごめんね。このてのひらを、この温かさを、わたしは当分、手放せそうにない。ごめんね。一緒にいてね。
スガくんの胸に頭をすり寄せたら、応えるようにもう一度頭を撫でてくれた。今日はもうこのまま死んだように眠ってしまおう。夢なんかもう見なくてもいいように。おやすみ、明日また、スガくんと会えますように。



夜を煮詰めた魔法



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