ハローミスターマイハニー | ナノ
「なまえー」
「ちょっ、スガくんこっち来ちゃだめ!」
「え」

日曜日、なまえが見当たらなかったから探していて、たどりついた洗面所。声をかけながら洗面所に入ろうとしたらまさかの接近禁止令が発動されて、俺は少し困ってしまう。ていうか「こっち来ちゃだめ」はけっこう心に来るんですけど。君の一言が人の心にどれだけの影響を与えるかとか、ちゃんとわかってるのかな。このお嬢さんは。
それなりのショックを受けながらも何でよ、ととりあえず訊ねてみる。まぁ理由なんかだいたい見当ついているんだけれど。律儀に洗面所には入らず外から話しかけている辺り、本当に俺はこの子に敵わないんだよなぁ。

「だ、だめなものは、だめ」
「…前髪か」
「何でわかんの!」

ドア越しに慌てたようななまえの声が聞こえてくるのは少しおもしろい。何でって、この状況とか「こっち来ちゃだめ」とか少し考えたらわかるのにな。なまえは本当にわかりやすい。

「俺も見ちゃだめなの?」
「き、切りすぎちゃったから」
「でも明日学校でしょ」
「うっ、そうだけど、でも、スガくんには見せないように学校行くから」
「えっ」

だってスガくんにだけはださいとこ、見られたくないもん。

あまりにも頑なななまえには少しだけ腹が立ったけど、ぼそぼそと呟かれた言葉にはちょっときゅんときちゃったりして。何だよそれ。俺には、って。そういうとこも全部、俺から見たら可愛いんだけど。でも顔見せてもらえないのはけっこうかなり、面白くないので。

「…じゃあそれ、俺より先に他のやつが見るってこと?」
「え」
「なまえの新しい髪型、学校のやつらのが先に見れるんでしょ」
「えっと、スガくん?」
「……それはちょっと、やだなぁ」

少しだけ拗ねた声で。本心込めて言ってやる。心優しいなまえのことだ、彼女が拗ねた俺に甘いことなんてもう知ってる。……ほらね。少ししてから、バタバタと音がして、ずっと閉じられていたドアが音を立てて勢いよく開いた。弾丸のように小さな体が、壁に背中をくっつけていた俺にドンとぶつかって、顔を隠すように抱き付いてくる。器用だな。お腹辺りに回された手をほどくことはしない、そのまま俯き続けているなまえを優しく抱きしめ返す。

「…なまえさん?」
「……笑わない?」
「笑わないよ」
「…じゃあ」

はい、と顔を上げてみせたなまえの前髪は確かに眉より上 で、いつも必ず前髪で眉を隠していた彼女にしては珍しく新鮮な姿だったけれど。これはこれでかなり似合っているというか、贔屓目なしに見てもかなり可愛いと、思うんだけど。いや、贔屓目なんだろうか、これ。何も言わずにただ見上げてくる彼女の顔を見つめていたら、じわじわと赤く染まっていくなまえのほっぺた。羞恥心の限界だったんだろうか、最終的には俺の胸にも一度顔をうずめてしまった。ぐりぐりとそのまま顔を押し付けられる。

「だ、だから変だって、いったのに」
「…え、ちょっと待って、なに泣いてんの」
「泣いてない」
「泣いてるじゃないですか」

くぐもったなまえの声はそれでも解るくらい湿り気を帯びているから、少しだけ困った。困って、それから、笑ってしまう。変なわけ、ないのにね。でもその笑った気配にまた反応したんだろう彼女がぐずぐず泣き声をあげるのだ。

「笑った」
「笑ってないよ」
「笑わないって、言ったのに」
「…可愛いなぁって思ってさ」

俺の言った可愛いに、ぴくりと震わせるからだも。短く切りすぎた前髪を恥ずかしそうに隠す姿も。真っ赤に染めた頬も、こんなことで泣いちゃうとこも、その新しい髪型だって、ぜんぶぜーんぶ、俺はおまえが可愛くて仕方ないんだよ。知らないだろ。知らないだろ?

「うそだ」
「失礼な」
「だって、スガくん、やさしいもん」
「可愛いよ」
「う、うそだ」
「俺は、好きだけど。そういうのも」
「………ほんと?」

おずおずともう一度顔を上げてくる、素直なとこも。本当に単純で可愛いと思う。あ、その表情、かなり好き。つーか、おまえなら。ぜんぶ好き。わかってんの?なんでもいいよ。おまえなら。ぜんぶ可愛いしぜんぶ好きだよ。



あの子とキリンのコラージュ


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