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授業中、何気なく隣の席を見やって、わたしは思わず硬直してしまった。え、あれ、まじか。いや、いったん落ち着こう。見間違いかもしれないもの。目を閉じてからもう一度隣を見ると、やはりそこには先程とおんなじ光景が見られるだけだった。

(嘘でしょ、)

びっくりして声が出なくなりそう。いや出るけど。いや出さないけど。何せ今はよく晴れた日の6時間目、教室全体がまどろむような鬱陶しい空気ではあるのだけれど、それでも一応授業中だ。やはり授業は真面目に受けるものであって、お話したり眠ったりするべきではないのです。と、思うのだけれど。

寝ている。それはもう、寝ている。こちらに寝顔を向けて、すやすやと眠り込んでいる。隣の席の住人。

どうしてそれっぽっちのことがこんなに驚くべきなのかって、もちろん普通だったらわたしもああ疲れてるんだなぁで終わるところなのだけれど、だって今のわたしの隣の席は。あの、月島くんなのである。


月島くんが、寝ている。

その事実は本当にわたしに衝撃を与えた。あの、とっても性格の悪いと有名な彼。普段は嫌みなニヤニヤとした笑みを浮かべたり、まったく興味の無さそうな無表情だったり、はたまた見るからに迷惑そうに眉を潜めている、月島くんが、安らかな顔つきで眠り込んでいる。

わたしはその寝顔を見ながらもう何だか恐ろしさすら覚えてしまった。だって月島くんとはもう一ヶ月以上お隣さんとして過ごしているけれど基本的には冷ややかな目線を向けられることしかなく、世間話的なものもほとんどしたことがなく、たまに教科書を忘れてしまってひどく屈辱ながらも「見せてください」と頼み込めばハッと鼻で笑いながら「君、馬鹿なの?」というあのお決まりの言葉が繰り出されるのだ。そんな性格の悪い男を地でいくような月島くんが、眉のしわも取れてわたしの隣で無防備に眠っているのだ!


月島くんはバレー部に所属しているからきっと体力を使うんだろうと思うんだけど、その割に彼は授業中も休み時間もずぅっと起きている。普通はたまに眠る日があってもおかしくないと思うのだけれども、彼はいつも、ただ興味も無さそうに黒板を見てはノートを写している。きっと頭も良いのだろうなと思う。わたしはその姿を横目に時々眠りについたり、真面目にノートをとったりしてきたのだ。そう、記憶の限り、今日のように机に伏せている月島くんなど一度も見たことがない。

興味本意から始めは恐る恐る覗いていたのだけれど、彼が目覚める様子がないのが分かってきたのでまじまじとその寝顔を見つめしまった。

これは本当に月島くんなのだろうか。
両腕を枕代わりに、顔はこちらを向いて横向きに。いつもしかめられた眉は今は自由に休息を与えられている。すらりと通った鼻筋。意外と睫毛がながい、その顔は何だか。

(──可愛い、?)

こうして眠っているところを見れば、月島くんがどれだけ整った顔立ちなのかがはっきりと見てとれてしまって。嫌味も言わない、無言の彼は正直に言えばとても綺麗だと、思ってしまった。ちくしょう。これだからイケメンは。


だから、そこから先は、完全に出来心だったとしか言い様がない。

綺麗な横顔。色素の薄い、そのひと。風が微かにその柔らかな髪の毛を撫でるから。
触ってみたらどんな感じなのかなぁ、などとふと考えてしまって。

そぅっと隣の席に手を伸ばす。くしゃり、と柔らかな音を立ててその髪に触れた。意外と猫っ毛なんだなぁ、と思いながらゆっくりと二、三度撫でてみる。自分の髪の毛とは違うその感触が何だかとても心地良い。月島くんのこの髪の毛はやっぱり染めてるのかなぁ、なんてどうでもいいことを考えた。


その、瞬間。


ぱちり、と月島くんの目が開いた。

こちらを向きながら寝ていた月島くんと、ずっと月島くんを眺めていたわたしの目と目が合って数秒間。早く手をどけなければと思いながらも言い逃れのできないこの状況にわたしは絶望していた。

グッバイ平穏なわたしの学校生活。きっとこれからわたしは卒業までずっと月島くんに蔑まれながら生きていくのだろう。隙を見て手をどかしたら何とかごまかせないかな。無理かな。でも月島くん、何だかまだぼんやりしているみたいだし。寝惚けているのかもしれない。

ぼんやりと見つめ合って刹那、わたしが行動を起こすよりも月島くんがハッと我に帰る方が早かった。

「な…っにしてんの…ッ」

バッ、と急に体を起こした月島くんによってわたしの手は弾かれてしまった。もうあの髪に触れられないのはちょっと残念だなぁなんて、わたしの頭はいったいどうなってしまったんだろう。

だけれど先程までの恐怖感はどっかに行ってしまったみたいだ。

だってね。だってね、


「ヒトの寝込み襲うなんて、どんな神経してんの」


気付いてしまったのだ。そう言っている月島くんの顔が、あかく染まっていること。思わずゆるゆると笑ってしまう口元を見て月島くんがまた怒ったようににらんでくるけど、やっぱりその瞳はもうこわくないよ。だってそんなに頬をあかくしてしまっては。

我ながら単純だなぁ、とは思うのだけれど。

こわくて性格の悪いイケメンで、ずっと近寄りたくないなと思い続けてきた月島くんに、急に親しみなんか感じてしまったりなんかして。仲良くなってみたいなぁ、なんて考えてみたりなんかして。だって顔真っ赤にしちゃって、可愛いとこもあるんだなぁ、って思ったら、何だか。何だかね。

「何ヒトの頭勝手に触っといて笑ってんの、気持ち悪いんだケド」
「…へへ、月島くんって意外と可愛いね」
「はァ?馬鹿じゃないの。ずっと怖がってたくせに」
「えっ、何で知ってるの」
「一ヶ月も隣に居ればそれくらいわかるデショ」
「へぇ…」
「……何その顔」
「や、月島くんわたしのこと見てくれてたんだなぁって。まったく興味持たれてないと思ってたから」
「…自意識過剰すぎ」

そうしてそっぽを向いて、いつものように馬鹿じゃないの、という言葉がわたしよりも高いところから降ってくる。ちょっと調子に乗りすぎたかなぁ、なんて思いながら見つめていた後頭部。その柔らかな髪の毛の間からちょこんと覗いた耳が、じわじわと赤くなっていくのが一目で分かってしまって。

何に対してそんなに照れてるんだろうってさっきの自分の発言を思い返していたら、今度はわたしが顔を赤くする番だった。え?だってまさか。そんな。図星、だったりするのかな。いや、あの月島くんが?まさか。

そんなはずはないよって思うのだけど、だけど期待にゆるむ頬を抑えられない。ほーんと、単純だなぁって思うけど。今月島くんがこっちを向いたら多分また気持ち悪いって言われちゃうんだろうなぁって考えて、でもそれはそれで悪くないかも、なんて、ほんとにわたしの頭はどうなってしまったんだろう。ゆるっゆるだ。ゆるっゆる。


この一ヶ月、隣の席にいる間に聞こえてきた山口くんとの会話。「ツッキー」は確かケーキがすき。山口うるさい、と本気で睨んでいたけれど今思えばそれも照れ隠しだったのかもしれない。そんなところも可愛いなぁ、なんてね。なんてね。とりあえず今度、ケーキバイキングにでも誘ってみようかなぁ。そしたらどんな顔するのかな。


マカロンの秘密


title:魔女


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