log | ナノ

彼氏が浮気をした、らしい。
部活だと言っていた昨日は実はバレー部の数少ないオフの日で、わたしとのデートを部活を理由に断った張本人である彼氏は可愛らしい女の子と二人で街を歩いていたそうだ。つまり、これは俗に言う浮気なんだそうだ。ふーん。なるほど。

「なるほどじゃないよ、なまえ」
「そうだよ、あんた、ちょっとお人好しすぎ」
「いや、そういうんじゃないんだけど」

ガツンと言ってやった方がいいよ、そう強い口調で言うのはわたしのとてもよい友人たちである。休日に可愛らしい女の子と二人で歩いていたわたしの彼氏を見かけて、わざわざわたしに報告してくれたのだ。彼女たちの忠告を聞きながら、わたしはうまく事態が呑み込めない。浮気、という言葉がまず彼には似合わないし、そんな器用なことが彼にできるんだろうか、と思うし、そんなことよりまず不思議なのはわたしに全く怒りという感情がわいてこないということだ。どうしてだろうか。全くこれっぽっちも。彼について怒るような気持ちになれないのだ。

「それって、いつものあの、マネージャーさんとかだったり」
「清水さんじゃなかったの!そりゃあ清水さんだったらわたしたちもこんなに言わないよ!」

ふーん。あっそう。なるほど。清水さんじゃあなかったのか。清水さんじゃない女の子と彼氏が二人で歩いていたら、それは浮気なのか。なるほど。

「……わたし、悪いことしてたかなぁ」
「え?」
「は?」
「いや、もしほんとに菅原がその女の子のことが好きなんだとしたら、わたし邪魔な存在だったよなぁと思って」

ぼんやりと考えていたことを口にしたら、友人たちはよりいっそう顔をしかめて、何言ってるのあんた、あんたが彼女でしょーが、馬鹿なの、などと一斉の罵倒を浴びせてきた。いや、何もそんなに言わなくても。
だって、彼女とはいえ、菅原にだって他の女の子を好きになる権利はあるし、菅原は優しくて真面目だからそんなことになってもわたしには言えないかもしれないし、わたしが今一応菅原の彼女なのだって別にたまたまその女の子よりもわたしの方が早く出会ってしまったっていう、それだけなんだし。もし菅原の気持ちがもうわたしじゃなくって他の女の子のところにあるのなら、それを浮気と呼ぶのはどうなんだろう。何か、とっても違和感を覚えてしまう。もしそうなのだとしても、だって、それはただの恋ってやつで、わたしが責めたりするのって何か違うんじゃないのかな。

「……あんたそれ、ほんとうに菅原のこと好きなの?」

呆れたような友人の声に、首をかしげることしかできない。わたしのこの考えは間違っているんだろうか。わたしは菅原のことがとても好きだし、大切だと思っているのだけれど。嫉妬しないなんて、それは好きは好きでも恋じゃないんじゃないの。そんなことを言われて、だんだんと自信を失ってきてしまった。幸せになってほしいと、考えているだけなのだけれど。これは恋ではないんだろうか。もしそうなら、やっぱりわたしは菅原と別れなければならない。

「なまえー、今日一緒帰れるー?」

噂をすればなんとやらというやつだった。声をかけてきたのは、暫定わたしの彼氏様だった。まだ、別れた訳じゃないんだし、彼氏と呼んでもいいと、思う。まだ別れてないし。
わたしの周りにいる友人たちが菅原をキッと睨み付け始めたので、遠慮してもらった。菅原に帰れるよ、一緒に帰ろ、と言って友人たちを軽くいなす。「今日ちゃんと話し合ってみるから大丈夫だよ」そう伝えたのに、「それが一番不安なんだけど」と返されてしまった。失礼な。だけどそれ以上食い下がることもなく、二人の問題なんだからきちんと二人で解決しなさいね、と言いながらそれきりわたしたちに背を向ける彼女たちを見て、やっぱりいい友人たちなんだよなぁとほっこりした気持ちになった。そうなのだ、ちょっとおせっかいなきらいはあったとしても、間違いなく友人思いの大切な人なのだ。

「話、よかったの」
「うん」
「盛り上がってるとこだったのにごめんな」
「うーん、盛り上がってはなかったかも」
「そうなの?」

二人で並んで歩きだしながら、もうこの人の隣を歩くこともないのかもしれない、とふと思った。別れるというのは、つまりそういうことだ。今当たり前のように許されていること、バレー部のオフの日には一緒に帰ったり、たまに休日に会ってみたり、夜寝る前に用事もないけど電話してみたり、そういう全部のことがもう許されなくなるということだ。それは何だか、惜しいかもしれないなぁ。

「すがわら」
「うん?」
「別れようか」

校門を出てしばらく、人通りの少ない道に差し掛かったところでそう言ったら菅原が弾かれたようにこちらを見た。その目がずいぶんとまん丸くなっていて、すこしだけ笑えた。菅原。ごめんね。すがわら。自由に、なっていいんだよ。だけどそのあとの反応は、予想とはちょっとだけ違った。菅原は立ち止まったのだ。わたしも合わせて足を止める。菅原が、至極真剣な表情でわたしを見つめている。

「なに、それ」
「いや、ええと、うん、菅原にはその権利があるんだよ」
「いつ、俺がそんなこと頼んだの」

あれ。あれあれ。おかしいな、予想とちがう。この反応は。だって。ほとんど見たことが、なかったけれど。
菅原は、怒っていた。押し殺したような声が、ぴくりとも笑わない目が、いつのまにかわたしの手首を掴んでいる彼のてのひらが、全身で怒りを伝えていた。

「なまえは、俺と、別れたいわけ」
「それが菅原のためなら」
「悪いけど」

俺、今さら離す気なんかないからね。

ぎゅう、と手首を掴む力を強くしながら菅原が言う。離す気はないって、どういう意味だろう。別れる気がないってことなんだろうか。だけど、そうだとしたら、あの女の子はどうするつもりなんだろう。というか、ひょっとして。

「ごめん、菅原、ひとついいかな」
「………なに」
「昨日、何してた?」
「え?」

虚を突かれたように菅原は一瞬目を丸くした。あのね、告げ口みたいで申し訳ないんだけどね。友達が、菅原が他の女の子といるとこ見かけたって、言うからね。そう伝えたら、菅原はみるみるうちにさっきまでの不機嫌さを隠していった。慌てたような表情で、口を開く。

「あっあれは、部活の後輩で!新しく入ったマネージャーの子で、一緒に備品を買い出しに行ってて、つーか二人きりじゃなかったし!大地も旭も、後輩たちもいたし、けっこう荷物多くなりそうだったから部員も駆り出されただけで、浮気とかじゃなくて、……っつーか、」

そんなこと心配、してたの。

一息にそれだけ言うと、菅原が不意にわたしを抱き寄せた。わたしの肩口に頭をのせる。困ったような掠れた声が耳元で届く。ぎゅう、と菅原の右手がわたしの後頭部を引き寄せたまんま、くしゃりと髪を撫ぜた。

「心配かけてごめん、だけど、俺、おまえが思ってる以上におまえのこと好きだよ」
「……やっぱりマネージャーさんだったんじゃん」
「え?」
「………ねー菅原、もし他に好きな子できたらわたしすぐに別れるから、ちゃんと教えてね」
「だから、そうじゃなくて」
「だけど」
「、」

菅原がびっくりしたように頭を上げて、わたしを見た。あ、いま、見ないでほしい、かも。菅原が困ったような顔でわたしを見つめている。すこしだけ戸惑った仕草で、やさしい右手が伸びてきた。わたしの頬にひどくふわふわとやさしいまんまの指が触れる。

「なに、泣いてんの」
「…………よかったぁ」

勘違いでよかった、ごめんね、すがわら、わたしもしすがわらに好きな子ができたとしたら応援したいんだよ、ほんとにそう思ってるんだよ、だけどごめんね、そうじゃなくてよかったなんて、おもってる。ごめんね。すきだよ。ごめんね。

わたしがぼろぼろと涙を零しながら子供みたいにまとまらない思考を吐き出していたら、ばかだなぁ、って菅原が笑った。ひどく優しく、わらった。そういう気持ちを恋と呼ぶんですよなまえさん。眉を下げて困ったみたいに笑うその人を見ながら、そうかこれが恋なのかとおもった。友人たちに伝えないと。わたし、ちゃんと、恋だったよ。すがわらのこと、ほんとうにすきだったよ。しあわせにしたいよ。もう別れるなんて言わないでね、と念を押すように菅原が言うからちょっと笑った。



なんてったって愛


title 英雄

×
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -