ff | ナノ
その日、みょうじさんがじゃーん!と自ら効果音をつけて取り出したのは、ポスターだった。

「何だ、ソレ」
「えっ龍知らないの、おっくれってるー!」
「俺も初めて見たな」
「スミマセンでした大地さん」

田中さんに対してぷぷぷ、と馬鹿にしたような笑いを浮かべた数秒後にキャプテンに高速で頭を下げたみょうじさんを見て、面白いひとだなとおれは思う。その姿をぎゃははと笑う田中さんに黙れ龍!と飛びかかっていくから、忙しいひとだなとも思う。

落ち着いてから、結局それ何なの?と菅原さんに尋ねられて、みょうじさんはよくぞ訊いてくれましたと嬉しそうに胸を張った。

「聞いて驚け!みんな大好きわくわくどきどき、その名も!烏野祭りー!!いぇーい!」
「「「烏野祭り?」」」

思わず聞き返すおれたちに、みょうじさんはただにこにこと笑っている。




思えばみょうじさんはいつも唐突だった。

例えばある日、昼休みにバレー部の1年と2年生を呼び出して、なにか怒られるんだろうかとどきどきしていたおれ達の前で「鬼ごっこしよう!」と言い放ったときも、それまで何の前触れもなかった。「やっぱり親交を深めておくべきだと思うんだよね」との一言に、すでに教室に帰ろうとしていた月島も強制参加させられていた。
学校中の廊下という廊下を駆け回る全校鬼ごっこの元(驚くべきことに、みょうじさんはすっごくすっごく足が速い!)、影山がバカで教員室の前を全速力で駆け抜けて先生に見つかったりと危ない場面も多かったのに、みょうじさんが「ごめんなさい」とへらりと笑うと先生も仕方ないなぁというように笑って許しているのだから、みょうじさんはやっぱりすごいひとだと思う。

だけどその日の放課後、部活前キャプテンに「みょうじ」と笑顔で名前を呼ばれて(おれは知っている、あれはキャプテンが怒っているときの笑い方だ)、ものすごいスピードで頭を下げていた。みょうじさんはキャプテンには頭が上がらないらしい。だけどほんとうはキャプテンだってみょうじさんには甘いってこと、バレー部みんな気付いている。


つまり何が言いたいかって、唐突な提案はみょうじさんの最も得意とするところだということ。みょうじさんは楽しそうなことには目がない。

「今週の土日に開催予定なんだな、これが!」
「…で?」
「みんなで行きましょう!」

それはもう良い笑顔で。

おれはその手が掲げたままのポスターをじっと見つめてみる。お祭り。文字をなぞっているうちに頭の中がだんだんとお祭りのことでいっぱいになっていく。わたあめ、射的、金魚すくい、焼きそば、ヨーヨー、…

「い、行きたいいいい!」
「そかそか、日向くんは素直だな!」
「それって強制なんですか」
「ツッキーはもう少し日向くんを見習おうな!」

おれよりも高いところから手が降りてきて、おれの頭をわしゃわしゃと撫でる。その撫で方はどちらかといえば犬に対するそれに近い。おれもいつか、せめてみょうじさんと同じくらいまで大きくなりたいな、とおもう。

まるで興醒めなことを言うのはやっぱり月島で、みょうじさんにおれを見習えって言われて明らかにむっとした様子だった。

「…みんなで行くのか」
「えっ大地さん反対ですか」
「反対、っていうか、な」

だけどそんな俺達をよそにキャプテンは不安そうに眉をひそめている。俺達には何が問題なのかさっぱりわからないけれど、田中さんは何か思うところがあったらしかった。体をはっとさせてから、みょうじさんに向かって首をぶんぶんと横に振る。

だ め だ !

田中さんはキャプテンの後ろから声には出さずに必死にパクパクと口を動かしていた。ところがみょうじさんはそれには気付かずええ、と悲痛そうな声を上げる。

「そんな、何でですか大地さん…殺生な……」
「学校外にお前らを出すのが不安だ。この時期に問題を起こされたら困る」
「ええ!問題なんていつ」
「そうですよね大地さん!俺もやめておいた方がいいと思うんです!」

何か言いかけたみょうじさんを無理やり遮って田中さんは「ちょっとこっち来い!」とみょうじさんの腕を引っ張る。
そのままキャプテンに背を向けてこそこそと会話を始めた。いわゆる内緒話の体勢だけれど、おれの近くで話し合っているからおれには会話がぜんぶ筒抜けだ。

「馬鹿!お前は去年の夏を忘れたのか!」
「去年?」
「花火大会だよアホ!」
「………!」

何かを思い出したようでみょうじさんは肩を震わせる。去年の夏、というとおれは烏野に入る前だからその時に何があったのか知らないのも無理はない。だけどとにかくその時、多分キャプテンを怒らせるような何かがあったんだと思う。

「でも、今回だけは行かない訳には…!」
「何で今回にそんなにこだわるんだよ……って、」

面倒そうに顔をしかめたあとで、田中さんははっ!と何かに気付いた様子だった。おもむろに人差し指をぴんと立てる。

「なまえ……一つだけ、聞いておきたいことがある」
「うん」
「………潔子さんがくるのか」

真剣な眼差し。強い視線同士がぶつかって、みょうじさんはゆっくりと右手を差し出し、ぐっとその親指を立てた。

「うおっしゃー!大地さん行きましょうよ!なまえのことは俺がちゃんと見張っておきます!」
「あれ、お前さっきまで反対してなかった?」
「ていうか不安なのはみょうじだけじゃなくて田中もだからな」

驚くほどの変わり身の速さで田中さんはキャプテンを振り向く。菅原さんも呆れたようにその様子を眺めていた。

そんな!と膝から崩れ落ちる田中さんの隣で、みょうじさんは眉を下げる。

「…去年はご迷惑おかけしてすみません」
「………」
「でも、どうしても、…みんなで、行きたいんです」

最後だから、と俯いたみょうじさんがぽつり呟く。最後。そうだ。三年生は、今年が、最後。みんなみょうじさんのその言葉にしんとしてしまって、だって寂しくて、多分おれら以上に二、三年生は寂しくて。いつも元気で唐突で明るいみょうじさんがしんみりするとそれだけで場の空気はいつもの十倍くらい静かになってしまう。
だからおれはばっ!て顔を上げて、大きな声を出す。

「おっ、おれからも!お願いします!」
「日向!?」
「おれも、その、みんなでお祭り行きたいし、えっと…」
「…大地さん!お願いします!」

うまく言えないおれの隣で田中さんが勢いよく頭を下げて、それに倣うようにみょうじさんも深々とお辞儀した。おれも慌ててぴょこんと頭を下げる。

「……いいんじゃない?」
「スガ!」
「何だよぅ、大地だって本当は行きたいくせに」
「…!」

ぐぐっ、と言葉に詰まるキャプテンをよそに菅原さんがこっちに近付いてきて、ぽすんと。田中さんとみょうじさんの頭に手をのせた。あまりに自然に見えるその行動に、おれたち一年はぽかんとしてしまう。みょうじさんはともかく、田中さんにそんなことができるのは菅原さんくらいなんじゃないだろうか。頭にのせた手でそのままぐりぐりと二人を撫でる。

「いたっ!痛いっすスガさん!」
「ちょっ、髪の毛!髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃいますって!」
「あははっ」
「あははじゃないですよ!」
「…なぁ、大地」

いいだろ?とキャプテンを振り返る菅原さんを見て、ああそうか、と気付く。

この表情。切なさと寂しさが入り交じったような、眉を下げた優しい笑顔。菅原さんは、その表情を田中さんやみょうじさんには見せたくなかったのだと。だからそうやって、今も二人の頭をぐっと押さえて、顔を上げさせないようにして。その姿に何故だかおれが、少し泣きそうになってしまった。

キャプテンは困った顔で少し悩んでから、仕方ないなと溜め息を吐く。そして菅原さんから視線をずらして、おれたちの方を見て、それから、

「……はしゃぎすぎるなよ?」

キャプテンのその言葉にばっと顔を上げるみょうじさんたちの前で菅原さんはさっきまでとは違う、嬉しそうな顔で笑う。すごいひとだ。

みょうじさんはいやったー!と嬉しそうに奇声を上げて田中さんと二人で小躍りしていたかと思えばおれの方に近付いてきて、「ありがと日向くん!」と頭をわしゃわしゃしてきた。まるで犬みたいに扱うのはやめてほしいのだけれど、「楽しみだね!」と笑うその姿を見ていたら何も言えなくなってしまった。

「うおっ、何の騒ぎだ!?」
「あっノヤっさん来るのおせぇよ!」
「みんなでお祭り行くんだよ!」
「マジでか!」




さしさだけでできていた

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -