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2年生になりたての春、朝会に向かう途中の混雑の中で急に「あの!」と話しかけられた。最初は自分に向かって言われてるのだと気付けなかった、だって知らない顔だった。だけどその凛とした声が、目が、まっすぐに私をとらえていたものだから。

「一目惚れしました、お友達になって頂けませんか」

あまりに唐突なその文句に足を止めた。そんなことを何にも知らない人から言われたのは初めてで、どうしたらいいのか解らない。上履きの色は新入生を示すえんじ色。深々と頭を下げられて困ってしまった。周りから注目を浴びている。よくわからないけれどとりあえず、了承の意味を込めてひとつ頷いた。

「ええ」とささやくように落とした呟きが彼女の耳に届いていたかどうかはわからないけれど、それから顔を上げて嬉しそうに笑ったあの時のなまえの姿は多分、一生忘れることができないと思う。



潔子さん潔子さん、と彼女が私の名前を呼んで、うろちょろするようになったのはそれから間もない頃。なつかれているのだ、ということにはさすがに気付けた。

校内で偶然会う度に明るい声で笑いかけられて、どことなくその頃入りたてだった当時のバレー部の新入生二人を彷彿とさせた。ただひとつ違ったのは、あの二人とは違ってなまえに対しては自分が無視を決め込んだりできないということだった。


一度、昼休みの学校を抜け出して一緒に坂之下商店まで行ったことがある。(というよりも、勝手になまえがついてきてしまったのだけれど)

潔子さん今日も綺麗ですねお好きな食べ物は何ですかお弁当派ですか購買派ですかそういえば今日何とか先生が面白くて。なまえの話題は尽きることがなく、くるくると表情を変えては話しかけてきた。私は聞かれたことに答えるくらいであとは頷いてばかりだけれど、この子はそれで面白いのかと、それだけは少し気がかりだった。

「わたし、学校抜け出したの初めてです」
「…そう」
「潔子さんは常習犯ですか」
「常習、ってほどでもないけど」

まだ春だというのになまえはガリガリ君を買って食べていた。「何だかんだソーダ味が一番美味しいと思うんですよね」と笑う。お腹壊さないように気を付けなさい、と言ったら少しの間こちらを見てその目をまんまるにして、それから、ききき潔子さんに心配してもらえたぁ!!と震えた。

「潔子さん、わたしもう死んでもいいです…幸せ……ありがとうございます…」
「…死なれたら、困る」

そう言うときょとんとして、なまえはふと目を細めた。「そうですよねぇ」死にません、生きます、とにひひと笑った。ひとつ下のこの少女は普段うるさいくらいでよく笑う、身長は私より高いのにまるで子どもみたいで。だけれどこうして、時折大人びた表情を見せるのだ、その時だけは幼さを上手に隠す。自分で意識したことなんてないのだろうけれど。そういうところが魅力的と、言えなくもないのかもしれない。

「そういえばなまえ部活には入ったの」
「部活ですか。うーん、少し、迷ってて」
「ふぅん」
「あっそういえば聞いたことないですけど、潔子さんは何部なんですか」
「…バレーボール部の、マネージャー」

そう答えた瞬間。それは初めて見る顔だった。虚をつかれたみたいに一瞬視線をさ迷わせて、それから、困ったように眉を下げた。

「バレーボール、ですか」
「…?何か問題……?」
「あっいえ!違うんです、潔子さんがどうとかではなくて、その」

睫毛を伏せて、思案するような表情を浮かべる。この子にしては珍しい顔だった、だって会う度にいつも笑っていて。驚いたりきょとんとしてみせたり表情を忙しなく変える子ではあったけれど、マイナス面の表情に関してはほとんど見たことがないことにふと気付く。

だけどそれから顔を上げた姿はさっきまでとは違って。いつものようにまっすぐで力強い瞳が、前を見据える。よく響く声が観念したように言葉を紡ぐ。


「運命なのかも、しれませんねぇ」


なまえがバレー部にマネージャーとして入部届を出したのはその数日後だった。



なまえはよく働いてくれる。何でも自分でやってしまおうとする嫌いがあるのが、困りものだけれど。「マネージャーやるのは初めてなのでご迷惑おかけすると思いますが」などと言っていた割に彼女はこちらから何も言わなくてもテキパキ動いた。ただ、人の仕事を取り上げてしまうのはやめてほしい。ボール出しくらい私一人でもできる。

「だ、だめですよ!潔子さんにこんな重いもの持たせられないですって!」
「…いつもなまえにやらせる訳にもいかないでしょ」
「んんん」

ガシガシと頭を掻くのはなまえの困ったときの癖。でもですね、潔子さん。そう言って私の方を見る。

「わたしだってドリンク作りとか、潔子さんに全部お任せしてるじゃないですか」

それはそうだ。
なまえはどうも不器用らしく、ただ入れて混ぜるだけのドリンク作りがなぜかうまくいかない。なまえに作ってもらったドリンクは濃すぎたり薄すぎたりする、その調整をする時間を考えると私が一人でやってしまった方が早い。

だからそれは不可抗力だと告げようとしたところ、遮られた。いや。

「スコアつけるのもわたしにはできないし、部員の士気を上げるのだって、やっぱり潔子さんじゃないとだめです。潔子さんに押し付けてばっかりなのはわたしの方ですよ」

だからせめて力仕事くらいはやらせてくださいと、眉を下げて笑うなまえに、折れるのはいつも私の方だ。ごめんと言おうかどうか迷って、ありがと、と言った。

「き、きき潔子さん何でそんなに美しいんですかありがとうなんてこっちのセリフですよぅ、ありがとうございます!」

震えながらそう言ってくるなまえの額に何となく手刀を落とす。なまえがあたっ!と額を押さえた。痛いです、でも嬉しいですなんて言っているなまえが可笑しくて少し笑う。そうしたらなまえも、嬉しそうに、笑うから。

この子がバレー部にきてくれて良かっただなんて、ガラにもなく思ってしまった。なんてことは、多分言うと調子にのるから、言わない。




「運命なのかも、しれませんねぇ」


あの時の彼女の言葉の真意を知るのは、それからしばらく経った後。





まるで降り注ぐ色のような
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