ff | ナノ
「いくぜわたしの黄金の左手!」
「甘いななまえ!俺の右手がそうはさせねぇ……!」
「何やってるんですか?あれ」
「ああ、肉まん争奪じゃんけんだろ、いつもの」

部活終わり、坂ノ下商店にいつものように寄っていると、みょうじさんと田中さん、西谷さんが騒ぎ始めた。その騒ぎを遠目に眺めながらキャプテンに尋ねてみれば呆れたような目で返ってくる答え。そのまま三人に向かってあんまりうるさくするなよ、と声をかける。口々にはーいと返しているけど多分、騒がしくなってしまうんだろう。目に見えている。

「「「じゃんけんぽん!」」」
「くっっそー!」
「あっはっは、まだまだだね!今日の肉まんはわたしがもらった!」
「お前さ、今日一日部活で頑張って運動した俺らに申し訳ない気分にならねぇ?」
「全くならない。早くおごってくれたまえ」
「つーか学校帰りに肉まん3個も食うなよな。お前だって一応女子だろー」
「えっ急にそんな女の子扱いされたらなまえちゃん照れちゃうー。てへっ」
「なまえやめろ、可愛くねぇぞ」
「泣いていいかな」

そうしてめそめそ、と口で言いながら泣き真似を始めたみょうじさんを田中さんが無言ではたく。「痛いんだけど!」「スマン何か腹が立った」仲が良いなぁ、と思う。平和だ。



みょうじさんは不思議なひとだった。初めてマネージャーとしてその姿を見たときから、ぴたりと体育館に馴染んでいた。そこにいることにまったく違和感がなかった。

「影山くん」

初めて名前を呼ばれたときのことを覚えている。烏野に入ったばかりの頃の傲慢で生意気で勘違い野郎だった俺に、それを諫めるようなことなく、みょうじさんはただ笑っていた。

「烏野に来たから、みんなと出会えたから、きみは大丈夫だよ」

その時は何言ってんだこの人、程度にしか思っていなかったのだけれど、最近になって彼女が言わんとしていたことが何となくわかるような気がした。その言葉は今でも俺の中にあって、時々「大丈夫だよ」と言ってくれたあの優しい声色を思い出す。

みょうじさんは「うちのみんなはすごいでしょう」とよく笑う。「大地さんも旭さんもスガさん、それから潔子さんだって」本当に大切なものを語る表情で、三年生のことを話す。

「うちの先輩はみんな、優しくて眩しくて、つよくて」

自慢の先輩なのだと、笑う。そうなんですか、とただそう答えるしかできない俺に、そうなんだよ、とゆるゆると優しい目元を向ける。「もちろん二年だって捨てたもんじゃあないんだよ。みんな頑張り屋だ。田中やノヤだって、馬鹿だけどね、いい奴らだよ」それはそれは自慢の同輩だと。また、笑う。

そういえばよく笑うひとだ。みょうじさんはくるくると表情を変えるけれど、一番笑っていることが多いんじゃないかと思う。そしてそれがよく似合うなと思う。

「それから、君たちも。みんなすごい才能をもってる。それにあぐらをかかない向上心ももってる。君たちは、まるで爆弾みたいだ。若くて青くて一生懸命で、眩しい」

影山くん、ともう一度名前を呼んで。だからね、とやっぱり優しい瞳で笑った。

「君たちも含めた烏野高校バレーボール部は、本当にわたしの自慢だよ」

自慢の、仲間だ。

愛おしそうに目を細める姿を見ながら、この人は本当にバレーボールがすきなのだと思った。俺達と同じように、バレーボールがすきで、すきで、この部のことがすきでたまらないんだろう。そして「自慢の仲間だ」と惜し気もなく言い放ててしまうみょうじさんのことが、きっと先輩達も皆大好きなんだろう。



意識を現実に引き戻すと、みょうじさんが田中さんと西谷さんに買ってもらった肉まんを美味しそうに頬張っているところだった。田中さんたちは恨めしそうにそれを見ている。そんなに食べたいなら自分達も買えばいいのに、と思ったのでその旨を伝えると馬鹿野郎!と怒鳴られた。

「そんな金が貧乏学生にあると思ってんのかチクショウ!」
「だからこうして毎日3人でちょっとずつ金を出し合ってるっつーのに…!」
「悪いね、いつも勝っちゃって」
「ほんとだよ!お前そのじゃんけんの強さ何とかしろ!2日に一回はお前じゃねぇか!」
「そもそも買いたいと思っても品切れだったりするしな、肉まん食うのも楽じゃねーんだよ。わかるか?影山」
「はぁ……」

怒涛の勢いで話されて、納得するより他にない。確かにみょうじさんはじゃんけんが強そうだなとどうでもいいところに感心してしまった。

本当は多分、田中さんも西谷さんも、みょうじさんにおごることに大した文句はないんだと思う。そういった軽口は習慣のようなもので。
みょうじさんは部活中誰よりも声を出す。マネージャーの仕事だ何だとよく動き回る。「わたし馬鹿だし、これくらいしかできないから」と言っては力仕事ばかり引き受ける姿をよく見かける。その運動量はさすがに部員には及ばないとはいえ、女子マネージャーが軽々こなしていいほどのものではない。

だからあの肉まんは、きっと先輩達なりのねぎらいで。そうしてきっとみょうじさんもそのことをちゃんと解っている。普段からいつもどつき合っているあの三人が、それでいてお互いがお互いを大事にしているのを俺は知ってる。みんな、知ってる。

「ほい」
「あ?」
「一口ずつだぞぉ」
「くれんのか?」
「お腹を空かせている可哀想な君たちに恵んであげようじゃないか」
「…つーか元はといえば俺達が買った肉まんじゃねぇか!」
「てへっ」
「だから可愛くないっつの」





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