生意気な後輩だなぁ、というのがあの人の口癖で、それ以外に言うことはないのかと僕はいつも思う。だけどよく考えるとあの小学生や王様、それから山口に対してはよく可愛いねぇ!と言っているのを見かけるので、どうやらあの口癖は僕に限ったものらしい。まあどうでもいいんだケド。僕には関係のないことだし。
「あっツッキー、ドリンクならそこだよ」
「…ツッキーって呼ぶのやめてくださいって言ってるじゃないですか」
「やだなぁ、堅いこと言うなよツッキー」
「馬鹿なんですか」
「ツッキー何なの?先輩に対して喧嘩売ってんの?買うわ」
そうしてまた。全く生意気な後輩だなぁ、と例のセリフを吐くのだ。よく飽きずに同じことを何度も言えるなと思う。俗に言う鳥頭というやつかもしれない。一つ年上のこの先輩は、頭がよくないらしいことはハッキリしている。
「ねぇツッキー今すごい失礼なこと考えてるでしょ」
「何も言ってませんけど」
「何でツッキーってさー、わたしには懐いてくれないの。みょうじ先輩は悲しい」
「わたしには」ってナニ。僕がいつ特定の誰かに懐いたことがあるというのか問い詰めたい。だけれどこの先輩に関しては何か返した方があとで面倒である、ということは出会ってから数ヶ月経った今ではもう把握している。こういうときは下手に突っ込まず、ただ黙っておくというのが一番の得策だ。
自分より頭一つ分低いその姿を見下ろしていると、みょうじ先輩が「そういえば、どうでもいいけどうちの近所の猫がね、こないだ子ども産んでね」とか何とか話し始めた。ホントに心底どうでもいい。相づちを打つのすら面倒でただ黙ってドリンクを飲む。
「何だよシカトしてんじゃねぇよツッキーちゃんよぅ」
「………」
「…ごめん、わたしが悪かった。無視やめてください寂しい悲しい寂しい悲しい」
「うるさいんですけど」
「あっ答えてくれた!うれしい!」
さっきまでしょんぼりと肩を落としていたくせに、とたんに顔を輝かせて笑う姿は少し笑える。ぱぁっ、とそんな擬音すら聞こえてきそうな表情の変化は、まるで幼い子どものそれだ。だいたい答えたって言ってもうるさいって言っただけじゃん。やっぱりこの人、馬鹿だと思うんだケド。
「……で?」
「ん?」
「近所の猫が子ども産んで、それからどうしたんですか」
不本意ながらもそう尋ねてやれば、みょうじ先輩は一度ぽかんと呆気にとられた表情をして、それから。にんまりと、形の良い目を細めて口はゆるい弧を描いて。嬉しそうに、笑った。
「可愛いなぁもう!」
「は?」
そうして発せられたそれは、普段決して僕に向けられることのない言葉だった。おチビちゃんとか、王様とか、山口に対しての彼女の口癖。それは当然のことだったし、だいたいもう高校生になるオトコを捕まえて何が可愛いだと思う。そもそも。
「僕は生意気な後輩じゃなかったですっけ?」
ハッと鼻で笑ってやると「確かにきみは生意気だ」と顔をしかめた。それから、だけどね、と続ける。
「やっぱり後輩っていうのは可愛いものだよ。どんなに生意気でもね。ツッキーも来年になったらきっとわかる」
「…わからないと思います」
「あははっ、正直だね」
みょうじ先輩が、そう言って愉快そうに、笑う。
ひとつ。たかがひとつ年上だというそれだけでやたらと先輩ぶろうとする、この人が苦手だ。僕がどんなに冷たいことを言っても怒らずに「生意気だなぁ」と笑って済ませるこの人が、苦手だ。これを言うのが僕じゃなかったら、例えば田中さんだったなら、きっと彼女は怒鳴って口喧嘩に発展するのだろうに。
「後輩だから」可愛いと言われてしまうくらいなら、生意気な後輩と言われていた方がだいぶマシだ。だけど多分この人は、そんなことになんて気が付かない。いつもいつも子ども扱いしやがって。ひとつ、舌打ちが落ちた。
「先輩は馬鹿なんですか?」
「ツッキーすぐ喧嘩売るのやめなよ殴るよ」
「口だけデショ」
そう言ったら頭をはたかれた。意外と痛かった。後輩だからと言え手加減はしないぞ馬鹿ツッキーめ、と言われて、その手加減の無さが少しだけ、心地よかった。馬鹿なのはそっちデショと言おうとして、やめた。
まぶしくて点滅