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よろしくお願いしまーす!と。

一度深く頭を下げてから体育館に入ってくるのは、彼女のポリシーなのかもしれない。彼女にはそもそも体育館を神聖な場のように捉えているような節があった。何故なのかは知らない。だけど彼女のその謙虚な姿勢はいつのまにかバレー部全体に広がっていて、今では体育館に挨拶をしないヤツの方が少ない。


今日も三人揃って現れた後輩たちを見ながら(なぜか全員息を切らしている)(どうせまた競争でもしていたんだろう、目に浮かぶよ)、おすと声をかけると元気の良い返事が返ってきた。それからぜぇはぁと、少しだけ悔しそうに声を上げる。

「あー、スガさんが一番乗りだったかー…!」
「ていうかスガさんいつも早すぎっスよ!大地さんより早いじゃないですか!」
「ああ、今週大地は掃除当番だって。それよりほら、来たなら早くアップな」
「ういーっす」

まあここまで全力で走ってきた分多少のアップにはなってんだろーとは思うけれど。それにしても全速力のあいつら二人についてこられるなんて、マネージャーにしておくには勿体無いよなぁ、なんてジャージの袖をまくるみょうじを見ながら思う。女子にしてはそれなりに高めの身長も(170はないですから!と言って聞かないが、多分ちょうど170くらいだ)、部員にすら負けず劣らずなその体力も、何のスポーツでも活躍できそうなのにな。

そうこうするうちにみょうじがさっさかとネットを張り出したので、手伝おうと反対側を押さえる。すると顔を上げたみょうじが俺に気付いて、だめですよ、と非難の声を上げた。

「スガさんはアップしててください!」
「みょうじたちが来る前に一通り終わったよ」
「だめです!きちんと体あっためとかないと怪我しちゃいます!大会も近いんですから」
「でも一人で張るの大変じゃん。手伝う」
「それがですね、何とこないだ一人で張るコツを発見しちゃったんですよ!」

だから大丈夫です。きゅっ、とネットの紐をしばり終えてみょうじが笑う。そうして、ふ、と視線をこちらによこしてゆっくりと目を細める。彼女の凛とした声が体育館に響く。ねぇスガさん。

「支えるのはマネージャーの仕事です。それはわたしと潔子さんで頑張ります。練習環境を整えるくらい当たり前のことです。ねぇ、だから」

スガさんたちは、前だけ見ててください。


そう微笑まれて、思わず小さく息を呑む。俺を見つめてくる視線はいつだって真っ直ぐだ。ほんと、頼りになるよなぁ、うちの後輩たちはみんな。思わず苦笑しそうになってしまう。

「てな訳でひとまず体育館三周してきてください、その間にネット張っちゃいますんで」
「…すごいなみょうじは」
「え?」
「ありがとう、ってこと」

きょとんとした顔でこちらを見つめるみょうじにお礼をひとつ落とすと、いーえー!と嬉しそうに笑った。
言われた通りゆっくりと走り出す。後輩の、女子マネの言うこと聞いちゃうなんてやばいかな、俺。三年生の威厳とかいうやつはないんだろうか。

ネットを張る姿を横目にさっきのみょうじの言葉を思い出す。自分が一番、前しか向いてないだろって言ってやりたい気もした。怖いくらい真っ直ぐな瞳。意志のちからは多分、誰にも負けないんだろ。


やっぱりいなきゃだめだな、と結論付ける。そのつよさも真っ直ぐさも、一生懸命さも体力も、マネージャーには勿体無いなんて思ったけれど。だけどみょうじはやっぱりどうしたって俺達の。烏野高校バレーボール部のマネージャーとして、なくてはならない存在なのだと思う。大切だよ。清水も、みょうじも。お前らがいてくれての俺達なんだよって。いつか教えてやりたいなとも思うけど、でも。とりあえず今はとにかく一勝でも多く勝つことが彼女たちへの恩返しだよな。踏み出す足に力を込めた。





抱えた臓はひとつぶんです
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