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「──俺、探してくる」

その声を聞いたとき、出遅れた、と一瞬思った。

そもそも困った奴なんだ。いつもそうだ。そそっかしくて騒がしくて(俺が言えたことじゃないのかもしれねーけど)、自分の興味、好奇心にはやたらと忠実で。騒いでは何かトラブルをもってくるのは、いつもなまえだ。困った奴だ。

そんなアイツに付き合って一緒に馬鹿騒ぎをするのが俺と龍で、それだけは一年のときから変わることはなかった。違えることのない、役割分担。


だから、今だって、「またか」と思っただけだった。「ほんとになまえは仕方ねぇな」と呆れて、「ごめん、迷子になっちゃって」と笑うなまえを迎えに行くのは俺と龍の役割だと信じきっていた。そうして先輩たちに「すみませんした!」って謝るとこまでワンセット。
今までいつだってそうだったんだ、だからこれからも。そう、根拠もなく思っていたのに。

「あー、行っちまった」
「お、俺らも行った方がいいのかな?」
「大丈夫だろ。あいつらも子供じゃないんだし、そのうち戻ってくるさ」
「…そっすね。あっノヤっさん、射的!射的やろうぜ!」
「…おう!」

龍が明るく指差す方へ駆け寄っていって、並んで二人しておっちゃんに200円をつきだす。後ろの方で大地さんたちが「おまえらまで迷子になったりすんなよー」と呆れたような声で言ってるのを聞きながら、「俺らだってそこまでガキじゃないスよ!」と龍が振り返った。

ふと、違和感。そう、これは違和感だ。だって俺は、そのあとに続くべき言葉を知ってる。龍があえて、それを言わないのを知ってる。この場にいるはずなのにいない、そいつを、知ってる。

「なまえじゃねぇんだから」

聞こえなかった、だけど聞こえた、龍が飲み込んだ、その一言。何でそれが俺には聞こえんのかって、俺も飲み込んだからだ。おんなじ言葉。

「…なぁノヤっさん」
「んー?」
「知ってたか?」

おっちゃんから銃を受け取って、できる限り台から身を乗り出す。位置の調整を繰り返していたら、隣で同じように狙いやすい景品を選んでいた龍がぽつりと、呟いた。銃で狙うとき、スコープみてぇなもんがある訳でもないのに片目つぶっちまうのは何でだろうな。俺はその理由を知らない。けど。

「…まぁな」

知ってることだって少しはある、俺たちを見るときとなまえを見るときの少しだけちがう、視線の意味とか、そういうヤツ。いつからだったか、なんてもう覚えていない。ただ、時々だ。時々、あの優しい先輩がなまえを見つめる視線は少しだけ、熱を帯びるから。そこで俺は理解する。スガさんのなまえに対する視線は、スガさんから俺らへの視線とは別物であるのと同時に俺のなまえへの視線とも別物なのだ。それを思うとき、なぜか俺の心臓は少しだけ、ちり、と焦げ付く。やっぱり俺は、その理由を知らない。


パァン、と小気味良い音が一発。くそっ、と悔しがる龍に「盛大に外してやんの」と笑ってやる。何だよ、と面白くなさそうにこっちを見る龍に「俺が手本見せてやる!」とだけ言って、狙いを定める。やっぱり片目をつぶって。引き金を引く。パァン、鈍い音。

「どうだ!」
「う、うおお、悔しいけどやっぱ格好いいぜノヤっさん…!」

俺がはじき出した弾はスカーン!と軽そうな駄菓子セットを仰向けに倒した。やるねぇ兄ちゃん、と気前よく笑うおっちゃんからそれを受け取る。「龍!はんぶんこしようぜ!」「ノヤっさん…!男前だぜ!」「当たり前だろ!」ひとつひとつ半分に分ける途中で、やっぱり違和感。何で俺、何で俺ら、ふたつに分けてるんだっけ?本当なら、みっつに分けるはずなのに、

ふと、同じように作業していた龍と目が合う。その瞳が揺れて、ああ、龍もおんなじなんだと気付いてしまった。どうしようもない違和感に、途方に暮れて、いる。

「…なぁノヤっさん」
「おー」
「俺、女々しいって自分でも思うけどよ、今ちょっと寂しいわ」

歯を見せて笑っているのに、龍のその顔は何か少しだけ、泣きそうに見えた。俺の右手には、うまい棒のコーンポタージュ味。俺も龍もなまえもこれが好きなもんだから、いつだって取り合って喧嘩になる。でも今日は。

「…俺もだ」

ああ、そうだ、心臓が焦げ付く理由。そうだな、龍、こんなん、女々しいなぁ。寂しい。それだけだ。いま隣にいないのが、いつまでもあいつと一番仲のいい異性でいられるのが、俺らじゃないのが。

仕方ないことだった、出会ったときからあんなんだったからうっかり忘れちまうけど。でも最初から仕方なかった、だってあいつはあんなんでも、それでも、女なのだ。いつかは他の男の隣で笑う姿を遠くから見るしかないような日が、くるんだろ。わかりきったことだった。

ただ、それが、思ってたより少し早かっただけ。相手が俺らもよく知る、あの人だっただけ。

「つーかあいつ何一人ではぐれてんだよって話だよな!」
「ほんとだよな!自分から誘っといて迷惑かけやがって」

わかってた、ことだった。

───自分の方が、眩しいのにな。

あの声が聞こえた瞬間に、全部、わかってたことだった。だって俺は、龍は、あの眼で、あいつのことを見れない。あんなに切実な眼で、あいつを、見れない。いつも笑っていてほしいとは思う。幸せになってほしいとも思う。いつだって、俺と龍の隣にいるべきヤツはあいつだけだとも思う、だけどそれは、どうやったって恋にはなれない。

「戻ってきたら、かき氷おごらせてやろうぜ」
「練乳付きでな」
「チョコバナナもだな!」
「やべ、腹減ってきた」
「何か食うか!」

そうして立ち上がると、力が「おまえらまだ食う気なの!?」と驚いて呆れたように声をあげた。当たり前だろ、祭りはこれからだぜ!そう龍とはしゃいでは走り出す。大地さんの「あっこらおまえら走るなっての!」って声が聞こえたから、少しだけスピードは落としておいた。





暮の温度でなでてよ
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