「オーライ!」

丁寧にトスを上げる人だなぁ、と彼を見る度にいつも思う。
日曜日のお昼、地元の市民体育館にて。初心者歓迎、を掲げる社会人バレーボールチームには似つかわしくないような、とても綺麗で自然なフォーム。彼のトスは、音が違う。わたしがコートに入ったときのような、バチーン!とか、ボコン!みたいな大きな音がしない。ボールはまるでそれが自然であるかのように、彼の手に吸い込まれて、また離れる。放物線を描いて綺麗に上がったボールを、スパイカーが打ちおろす。あのトスを打つの、気持ちいいだろうな。

「ナイスキー!」

だけどそのトスを上げている本人は、その綺麗なトスを鼻にかけることもなく、笑顔で声をかけている。あの笑顔を見ると、わたしはいつも、春の光を思い出す。周囲をあたたかく照らす光だ。


社会人になって何年か経ち、運動不足解消のためにも久しぶりにバレーをやってみようかと思い立って入った地域の社会人チームに、その人はいた。
近所で見つけたいくつかのチームの中から男女混合チームを選んだのは単純な理由で、このチームだけが「初心者歓迎」を掲げていたからだ。高校生の頃バレー部だったとはいえ、それ以来バレーボールどころかスポーツをやってこなかったし、ほとんど初心者のようなものだから、気軽に楽しめるチームがいいなと思ってまずは体験に行った。去年からこのチームでバレーを始めた、という人や、わたしと同じように学生の頃やっていたけど久しぶりにやりたくて、という人たちがみんなでワイワイとバレーを楽しんでいる様子で、雰囲気が良いな、なじめそうだな、と思いながら練習試合を眺めていた。
その中に、変に目立つプレイをしているわけではないのに、一人だけレベルが違う、と思う人がいた。それが菅原さんだった。派手なサーブを打つ、とか、強いスパイクを打つ、とかではなくて、悪目立ちしているわけではないのに、ひとつひとつのフォームが綺麗で、周りをうまくカバーしているのだ。その人がいるからボールが繋がる場面が多かった。コーチか監督なのかと思ったら、1年前くらいから入った単なるメンバーの一人らしく、また驚いた。他の人になぜあんな人がここにいるのか、思わず訊ねてしまったほどだ。「みんなが楽しそうにやってるのが好きだって前に言ってたよ」その言葉を聞いて、わたしはチームに入ることを決めた。たぶんこのチームは、良いチームだ。

チームに入ってからも、菅原さんは春高に出たことがあるらしい、という噂を聞いて、本人に聞いてしまったこともある。

「菅原さん、春高行ったって本当ですか?」
「ええ?よく知ってんなー。うん、高3のときな。烏野高校っていうとこにいて」
「菅原さん烏野だったんですか?!超強豪じゃないですか!」

烏野高校といえば、公立高校にも関わらず全国大会の常連で、ここ宮城では有名な強豪校だ。菅原さんがその一員だったとは。感心して菅原さんを見つめていたら、菅原さんは大きな目をまん丸く見開いて、ぱちぱちと瞬きをした。超強豪、とわたしの言葉をなぞって、それから。

「当時の仲間が聞いたら泣くわ、それ」

あ。きらきら。何かが弾けるみたいだった。菅原さんは、本当に嬉しそうに、眉毛を下げて。笑った。それはまるで愛おしいものを抱きしめるような笑顔で、ああ、大切なんだな、と思ったらなぜか胸がきゅっとなった。
我ながら単純すぎるよなぁ、って思うけど。その瞬間、その顔ひとつで心を掴まれてしまったのだから、仕方ない。

「まぁ俺はレギュラーじゃなかったけどねー」
「菅原さんくらいうまくてもレギュラーじゃないんですか?やっぱり強豪校はすごいですね」
「はは、そこまでいってもらえるような腕じゃないけど、俺は。うちには影山もいたからな」
「影山……って、えっ?」
「知らない?影山飛雄、後輩なんだけど」
「えー!?!」

影山飛雄といえば、今日本で一番有名なバレーボール選手の一人だ。数年前からは海外リーグで活躍しているはずで、日本代表として今年もオリンピックのメンバーに選ばれている。その整った容姿も相まって、女性人気も高く、カレーか何かのCMにも出ているくらいだ。そんな大スターと一緒にプレイしていたなんて、やっぱりこの人はとんでもない人だったのだ。
わたしが衝撃を受けている間に、菅原さんは、へへ、自慢しちゃった、って楽しそうに笑っていた。何だそれかわいいな。
菅原さんは、影山飛雄を思い出しているのか、そのとき、すっと遠くを見るように目を細めた。全然何にも知らないけど、菅原さんにとって、烏野高校にいた時間は特別で、宝物だったのだと思う。

「俺が考えたサイン、あいつ今でも使ってんの」

律儀だべ?ってあんまり愛おしそうに言うから、すこし嫉妬してしまったくらいだ。
気が付いたら、わたしは毎週日曜日のチームでの練習が楽しみになって、菅原さんと会うと胸がときめくようになっていた。

▽△▽

「あ」

菅原さん、明日誕生日なんだ。
SNSの「誕生日が近い友だち」の欄に菅原さんの名前が出てきて、偶然それを知ってしまった。 明日、誕生日なんだ。そっか。たしか菅原さんの年齢はわたしの一つか二つ上だったはずだ。

明日は日曜日で、チームの練習がある。菅原さん、来るんだろうか。いやでもさすがに日曜日と誕生日が重なった日に、練習には来ないかもしれない。うちのチームは和気あいあいとした雰囲気が何よりの特徴で、わたしも菅原さんも用事がある週には普通にお休みしたりもするし。聞いたことないけど、菅原さんにも、普通に恋人が、いるのかもしれないし。自分で考えておいて少しへこんでしまう。普通にいてもおかしくないよな、だってあんなに明るくて爽やかで優しくて格好良いひとだ。でも。でも、もしかして、もしかしたら。
もしも明日、菅原さんが練習に来ていたら。誘ってみようかな。迷惑かな。でも。25歳を過ぎたのに、中学生みたいな恋愛の仕方をしている自分を自覚して、わたしはすこし笑った。


そんな気持ちも知らないで、次の日、市民体育館に行ったら、そこには普通にいつものようにメンバーと談笑する菅原さんがいた。いるし。菅原さん、普通にいるし。相変わらずトス綺麗だし。え、誕生日で、日曜日で、それなのに普通にここにいるってことは。頭の中が邪念でいっぱいでぐるぐるしていて、申し訳ないことに練習に全然集中することができなかった。二時間の練習はあっという間に終わって、みんなが片付け始めた中でようやくわたしは勇気を出して菅原さんに声をかけた。

「菅原さん」
「おー、みょうじさん」

さっき最後のスパイク綺麗に決まってたね、と菅原さんは笑う。こういう丁寧な声かけしてくれるとこ、好き。今日のわたしは調子悪かったのに、それもわかったうえでこうやって言ってくれるんだろう。好きだ。思わず噛みしめてしまう。

「あの、えーと、今日、菅原さんお誕生日ですよね」
「え」

いや違う、そうだけど、そうじゃないだろ、話の切り出し方下手くそか!菅原さんの「なんで知ってるの?」って心の声が聞こえてくるようだ。いやそりゃそうだ。こんなことを単なるチームメンバーの一人に突然言われたら怖いだろう。完全にテンパってしまっている、落ち着け!

「あ、LINEで!誕生日、ってなってるの見つけて!おめでとうございます!」
「あー、なるほど!わざわざありがとなー」
「…だから、今日菅原さん来ないかと思ってました」
「えー、何で?来る来る。楽しいし、家にいても一人で誕生日終わるだけだし」

体育館のはじっこで、しゃがみこんでタオルをリュックにしまいながら菅原さんが言うから、わたしは思わずその姿を見つめてしまう。今、菅原さん、一人で、って言わなかった?ということは、とりあえず今は恋人はいないって思っていいんだろうか。心臓が音を立てている。期待を、してしまう。もしかして、今がわたし、勇気を出すときだったりする?

「あ、あの、よかったらこの後飲みに行きませんか?えと、お誕生日のお祝い、ってことで、みたいな」

昨日家で、誘い文句を散々考えてきたのに、出てきたのは全然自然じゃない文句だった。みたいなって何だ。全然うまく言えなかった。不自然さ丸出しだし、そもそもそんな仲良くないしって思われてたらどうしよう。なんで菅原さんのことになると、こんなに下手くそなんだろう。
菅原さんはわたしの言葉に手を止めて、立っているわたしを見上げた。まぁるい目。ふたつの目に、わたしが映っている。

「…二人で?」
「ふ、ふたりで…」

やばい、ミスった?さすがに気持ち悪い?
あっあの、みんなの方がよければみんなにも声かけますけど、って慌てて付け足す。やばいこれじゃ下心丸出しだ、と心の中で頭を抱えていたら、ふっと菅原さんが微笑んで。

「ううん、二人でがいい」

えっ。えっ、いいの?
あっ、じゃあ、ちょっとお店探しますね、と言いかけたわたしに、菅原さんがそっと右腕を上げた。

「ごめん、白状します」
「えっ、何ですか?」
「今、誘ってくれたらいいのにな、って思って、わざわざ一人の誕生日って言いました」

そう言えば、みょうじさんも同情して一緒に過ごしてくれるかな、とか思って。

「そーいうずるい男だけど、いい?」

口元に手をやって、ゆるく目を細めて、菅原さんがわたしを上目遣いに見つめる。その仕草はやたらと色っぽくて、わたしは何にも考えられなくなってしまった。誰が明るくて爽やかで、だって?とんでもない、そんなもんじゃない。これは。もしかして、わたしは、かなり上級者な相手を、好きになってしまったんじゃないか。
今日、またひとつ、年上になった男のひと。ゆるりとした視線につかまって、もう目がそらせない。




// ふりそそぐひかり、きみ
2021.06.13






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