「……あっ」
「えっ、あ!!!!!!」

土曜日の昼すぎ、久しぶりの外出で、いろいろ必要なものを買い揃えたり、夏に向けて洋服を見たり、大きな紙袋をいくつか抱えた駅前で、ばったり。本当にばったりという表現が的確だと思う。懐かしい顔と出会った。大学時代、毎日のように授業で顔を合わせていた仲間。あの頃とあんま変わってなくて、でもやっぱりちょっとどこか大人になったような。菅原孝支がそこに立っていた。
直接こうやって顔を合わせるのはずいぶんと久しぶりな気がする。だけど、うぇ〜〜〜い、と笑いながら手を振ってくるその姿は、大学時代のスガとおんなじで、思わず笑ってしまう。

「変わんないね」
「そぉ?」
「あれ?スガってこの辺なんだっけ?」
「あ、そう。今年転任なって」
「えっ?!あー、いやそうだよね、もうそんななるかぁ」
「そうですよ」

新任教師は、だいたい3年で異動になる。そんな話を、大学時代に聞いた気がする。スガはこの地域からは少し離れたところの小学校に赴任しているって卒業直後の飲み会で会ったときに聞いたから、少し遠くに住んでいるイメージがあったけど。そうか、もう、大学を卒業してから3年経ったのか。時が進むスピードに、心底驚いてしまう。

「もうお仕事には慣れました?菅原せーんせ」
「ちょっとやめて、それ」
「菅原先生、子どもたちに人気ありそう」
「みんないい子たちだよ」

ふ、とゆるむ、やさしい目。ああ、本当に、人気あるだろうなぁ。ほんとに先生やってるんだなぁ。想像ができるような。でも何だか、大学時代のスガのこと思い返すと、すこし不思議な気分のような。

「てか久しぶりじゃない?」
「みょうじがこの前の飲み会来なかったからだろ。けっこうみんな来てたのに」
「あー、写真は美奈ちゃんか誰かのインスタで見たよ。行きたかったな」
「…っと、あー、みょうじ、まだ時間ある?よければその辺入ってちょっと話さない?」
「いいね」



そんなわけで、なんだかちょっと洒落たカフェに二人、向かい合って座っていたりする。
なんだここ。こんなこじゃれた場所がこの近くにあったのか。なんだかすこし、むずむずする。だってスガ、道歩くときもめちゃくちゃ自然に車道側歩いてくれちゃったりなんかして、カフェ入るときもドア押さえててくれたし、わたし荷物いっぱいあったからめちゃくちゃ助かったし、ていうか、

「スガ、モテるでしょ」
「へ?」

メニューを見ながら「みょうじ何にする?」って、自然に聞いてくれて店員さん呼んでくれてわたしの分の注文も一緒にしてくれたあとのスガが、わたしの一言にぽかーんと口を開けてこっちを見た。いや、わかるでしょ、モテるでしょ、これ!至れり尽くせりか!

「いや久々にスガのこういう気遣い屋さんな側面を見た」
「そんな冷静に言うのやめて照れちゃう」

両手を頬に当ててふざけたように笑うスガを見ながら、学生時代、そこそこ仲も良くて、週末には他の子と一緒に遊びに出掛けたりもしていたけれど、そういえばこんな風にスガとふたりでカフェに入ったりしたことはなかったなと思う。スガは、社交的で、友達も多くて、誰とでもあの笑顔でにこにこと仲良くしているタイプだった。
店員さんがコーヒーをふたつ(厳密に言うと、わたしの分はカフェオレ)持ってきてくれて、スガはありがとうございます、と丁寧に頭を下げてる。いやだからそういうとこ!

「あっ、ていうか、ふつうに連れてきちゃったけど、大丈夫だった?」
「えっ、なにが?時間は大丈夫だけど、土曜日休みだし」
「いや、ほら、彼氏とか」

ちょっとだけ言いにくそうにそんなことをスガが言うから、いないよ、って笑った。いたらこんな晴れた土曜日に一人でショッピングにいそしんだりしていない。スガは「えっ」ってすこし目を丸くしてこっちを見た。そんな驚かなくっても。

「なんかサークルの先輩と付き合ってたじゃん」
「えー、なつかしい、よく覚えてるね。すぐ別れちゃったよ。てか、4年のときにはもう別れてたと思うけど」
「ええっ」

いや、だから、そんな驚かなくっても。思っていたのの5倍くらい大きな反応が返ってきて、こっちまで驚く。よくある、つまらない話だと思うんだけど。向こうが就職して、なんとなくリズムが合わなくなって、なんとなく終わってしまった、よくある話。

「聞いてないんだけど!」
「えー、そうだっけ?まさかスガがそんなに恋バナに興味あるとか知らなかったよ」
「いや、別に恋バナに興味があるわけじゃ…ってか恋バナって言葉久しぶりに聞いたわ」
「わたしも久しぶりに言った」

大学時代の友達と話すと、語彙がその頃に戻ってしまうんだな、ってことがわかったり。そういえば最近みんなとも会ってないなー、連絡してみようかなー。ぼんやりとそんなことを考えていたら、スガが突然頭をガシガシとかいた。

「…っあーーー、じゃあ遠慮しなきゃよかった!」
「え、なんか遠慮してたの?」
「だってみょうじ彼氏いるって言うから」
「んん?いやだからいないって」

なんかいまいち話が噛み合ってないような。思わず首をかしげていたら、頬杖をついたスガが、ちらりとこちらを見てきたりして、どきりとする。いや、どきりってなんだ。

「……俺、実は今日誕生日なんだよね」
「えっ?!嘘、おめでとう!とりあえずここはおごるよ、ええ、もっと先に言ってよ!なんか欲しいものある?ていうかせっかくのお誕生日にこんなことしてていいの?!」

突然の告白に、びっくりして慌てていろんな言葉を並べ立てたら、スガは一瞬きょとんとしてわたしを見たあとで、くつくつと笑い出した。「そういうとこだよ、ほんとに」。そういうとこってなんだ。

「俺はさー、せっかくのお誕生日に、みょうじに会えて、けっこう、というかかなり、嬉しかったんですけど」
「え、なになに、急に。照れるわ」
「…ついでにいうと、ここに誘うのもけっこう勇気がいったんですけど」
「えっ?」

澄ました顔でコーヒーを一口啜りながら、スガが言う。えっ、というか、この雰囲気、って、えっ、いや自意識過剰かもだけど。いや、でも、えっと。スガの言葉に混乱しているわたしをよそに、当の本人はぜーんぜん何でもないような顔してコーヒーカップを受け皿に置く。

「えっと、あの、スガさん…?」
「あるよ、欲しいもの」

沈黙に耐え切れずにスガの顔を窺うと、スガが真っ直ぐにこっちを向いた。目と目がぶつかって、ちょっとたじろぐ。だって、思ったよりも、真剣な瞳をしてるから。待ってこんなの。

「また二人で会ってくんない?」

穏やかな声で紡がれる言葉、いや待って、それは、えっと、いや、自意識過剰かもしれないけど、こんなの絶対みんな勘違いしちゃうと思うんですけど、えっと、ええと!

「そ、それは、えーと、その、そういう意味に聴こえちゃうけど…?」
「そのつもりなんだけど」

当たり前のようにスガが言うから、わたしの頭は大混乱だ。そのつもりなんだけど。ソノツモリナンダケド?

「ま、待って、スガ、えっと、」
「俺、大学卒業してから、やっぱ後悔したりしてたんだよね、やっぱいっとけばよかったかなーって」
「えっ」
「でも、まー、彼氏いるって聞いてたし。困らせても悪いよな、仕方ないよな、って。まぁ友達でも十分かなって。でもさー、まさか今になって誕生日に偶然会えるなんて思ってなかったからさ」

彼氏もいないらしいし?ニヤリ、スガが笑うから。えっいつから?とか、えっそんな素振り全然見せたことなかったじゃん、とか、えっだってずっとなんにも知らなかったよとか、言いたいこといろいろあったけど、何一つ言葉になんてならなかった。何も言えずにただ口をぱくぱくさせるわたしはとんでもなく間抜けに見えるだろう。そんなわたしの正面で、スガはゆるりと笑うのだ。

「ね、次、いつ会える」

あまったるい声。そんな目で。見ないでほしいんですけど。だってスガ。スガは、ずっと、同期で。仲間で。友達で。そんな目、知らない。そんな、溶けちゃいそうな瞳。

「…と、とりあえず、土日は休みです……」

あーもう、わかった、わかりました、わたしの負けです、だってこんなにも強く鳴っている心臓を、もう無視できそうにもないもので。絶対いま、顔あかい。あっつい。どうしよう。こんなはずじゃ。だけど、思わず顔を覆った指と指の隙間からちらりとのぞいたスガが、なんだかとっても嬉しそうだから。何だか無性に愛しく見えたりするのは、ちょっとゲンキンすぎるかな。だけど、まぁ、これはこれで、ひとつのハッピーエンドかも。なーんて。




// ダイヤモンドのお砂糖が降る
2020.06.13

title: alkalism






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