スガくんは何を考えてんのかなぁって、いつもわたしは考えている。付き合い出したのは一年半くらい前で、知り合ったのはもっと前で。それなりに長いこと一緒にいるのに、わたしたちはどうしようもなく違う人間だ。いくら一緒にいたって言葉にしなければ何にも伝わらない。スガくんが普段考えていることが、わたしには何一つわからないのだ。

てくてくてく。夜の町を歩きながら、スガくんのことを考える。それなりに知っていることだって少しはある、麻婆豆腐の好みの辛さとか、人をからかうときも本当は地雷は絶対に踏まないように気を遣っていることとか、本当にうれしいと、笑うときに眉が少し下がることとか。でもそんなことはスガくんの一部にしか過ぎないんだって、そういうことも知っている。ぜんぶなんて、わかりっこないのにね。君のことを、何だって知っているような気持ちがしてしまうのは、なんでなんだろ。

空を見上げたら真っ黒な中にぽつぽつと、星が瞬いていた。東京の空は星が見えないって聞いてたけど、とどこかのバンドの曲みたいなことをいつかスガくんが言っていたけれど。見えないこともないんだね、そう笑った彼の瞳には何だか少し切なさが浮かんでいるように見えた。

「寂しいの?」

そう聞いたらわかんない、とまた笑った。「懐かしい気もするし、戻りたいような気もするし、もう戻れないことを知っているような気もする」
高校生だった頃のスガくんは宮城県にいて、東京という土地はどうしようもなく憧れた場所だったらしい。ずっと来たかった場所なんだ、と、いつだったかそう言っていた。

「来たことあったんでしょう?」

そう聞いたら、わたしが今まで見たことないような顔して笑った。泣いてるみたいに、笑っていた。本当に愛しいものを目にしたら、人はこんな表情をするんだろうなぁ、っていう顔をした。

「いいとこだったよ」

ぽつり、落とした言葉が少しだけ遠くに響く。わたしの知らないスガくんが、宮城にはいたんだろうなぁとおもった。

わたしがスガくんのぜんぶを知らないなんて当たり前のことだ。だってスガくんもわたしのぜんぶなんて知りっこない。なのにどうして。わたしはそのことが、いつだって少し寂しい。

てくてくてく。コンビニの角を曲がって、夜の住宅街を歩いていく。時計を見た。あと5分。ちょうどいい時間だな、と思う。スマートフォンを取り出した。これひとつで何でも出来る、魔法の道具。もう何度したか解らない、手癖のようになった手順で電話をかける。3コールで出てくれる彼のマメさが、わたしはとても好きだと思う。

『……もしもし』
「もしもし」
『…こんな夜中に、どうしたの』
「わかってるくせに」

スガくんの声は電話越しに聴くと普段よりもセクシーになる、ような気がする。夜の住宅街の中で耳に響くスガくんの声が心地よかった。

「ねぇスガくん、スガくんは今、なに考えてる?」
『……? 急にどしたの』

知りたい。いつも知りたい。スガくんが今考えてること。スガくんは何を考えてんのかなぁって、わたしはいつも考えてる。いつも優しくて明るい彼が胸の奥に隠したひみつを、わたしにだけは教えてほしい。君が宮城県に置いてきた思い出のひとかけらだけでもいいから、いつかこっそり話してほしい。君が君として過ごしてきた22年間を、君を君として作り上げてきた22年間を、わたしはいつだって知りたくてたまらない。わたしと出会う前のスガくんをどうしたって知ることができないから、その分、今のスガくんのことを誰よりも深く知りたくて、知りたくて、どうしようもない。

こんなに自分勝手で強欲なことを考えているって知ったらスガくんは怒るかな。それとも、いつもみたいに優しく頭を撫でて、わたしのこと、ばかだな、って笑ってくれるかな。

「わたしね、スガくんが生まれてきてくれて、本当にうれしいなって思ってるよ」
『…なに、さっきからどしたの、ほんとに』
「生きててくれてありがとう、スガくん」
『ちょっと、やめて、泣いちゃうから』

ふっと、落とされるように笑うスガくんの声が好きだ。たぶん、電話の向こう側で、スガくんは目を瞑りながら微笑んでいる。スガくんの今考えてることがわからなくても、そういうことは、わかるんだよ。だってずっと見てきたから。
スガくんの生きてきた22年間とは比べものにならなくても、それでも、そのうちの何年かをわたしと一緒に過ごしてくれたから。わたしの知らないスガくんがたくさんいるんだろうけれど、わたしの知ってるスガくんも、ちゃんといるんだよ。いたずらっぽく笑うかおも、焦ったように驚くかおも、時々見せる切ないかおも、たくさん、たくさん、見てきたんだよ。ねぇ、スガくん、

「お誕生日、おめでとう」
『………うん、ありがとう』

腕に巻いた時計できちんと日付が変わっていく瞬間を目撃したから、たぶん正しい時間のはずだ。スガくんが生まれてきたのとおんなじ日にち。電話の向こうのスガくんが穏やかに言葉を紡ぐ。

『このために電話くれたんだろ』
「うん、一番に言いたくて」
『うれしい、ありがとね』
「それと、22歳のスガくんに一番に会いたくて」
『………え?』
「ね、スガくん、窓開けて」

ガタガタっと電話の向こうから慌ただしい音がして、見上げていたアパートの二階の窓がガラっと開いた。目をまんまるくしたスガくんが窓から顔を出した。綺麗な灰色の髪の毛をふわふわさせているスガくんはきっと、お風呂上りなんだろう。いつものあの、不思議な柄のTシャツを着ていた。スガくんの姿が見れたことが嬉しくなって、思わず大きな声を出してしまう。

「お誕生日、おめでとう!」

手を振ったらスガくんが血相を変えて部屋の中へと戻っていってしまった。あれ。わたし、何か、ミスをしたんだろうか。と思ったら、スガくんがアパートの外階段を全力で降りてくるのが見えた。ダッシュでわたしの方へと向かってくる。あ、やっぱり髪の毛濡れてる、お風呂から上がったばかりだったのかな、とのんきなことを考えられるくらいまでわたしの近くに来たスガくんが、わたしの腕を掴んだ。

「何してんの!」

手に持っていた、つながったままのスマートフォンからも、目の前のスガくんからも、ダブルで浴びせられるおんなじ声に頭の中がまっしろになる。スガくん、おこってる。

「気持ちはうれしいよ、嬉しいけど!今何時だと思ってんの!」
「じゅ、12時……」
「女の子が一人で出歩いていい時間じゃないでしょ」

珍しく声を荒げたスガくんが、わたしの腕を掴んだままアパートの二階へと向かっていく。ごめんなさい、迷惑だったらわたし帰るよ、とさりげなく伝えたところなまえはなんにもわかってない、と却下された。スガくんの部屋のドアは鍵がかかっていなくて、入って、とスガくんに促されてそのままスガくんの部屋に入れてもらった。

「………ごめん、言い過ぎた」

靴を脱いで部屋に上がったら、スガくんが頭をかきながら言った。普段聞いたことのないスガくんの声を聞いて半分泣きそうになっているわたしの頬を優しく撫でた。そんな顔しないで、と申し訳なさそうにスガくんが言う。

「会いに来てくれてすごく嬉しい。会いたいって、思ってた。でも心配だから。この辺は人通りも少ないし、女の子一人だと危ないから」

もうこんな夜中に一人で外に出ていいなんて思わないで、とスガくんが真剣な顔で言う。心配しすぎだよ、とわたしは思った。飲み会があれば帰るのが日付を回ってからになることだって珍しいことじゃないし、おんなのこ、という言葉の響きも何だかすこし気恥ずかしかった。だけど、それでも素直にごめんなさい、という一言が出たのは、スガくんがいつだってデートの帰りにはわたしの家まで送ってくれることを思い出したからだ。そうだ、スガくんはいつも、わたしがいくら大丈夫だって伝えても絶対にわたしを夜に一人で出歩かせたりしなかった。

「…これも、俺のため?」

わたしが持っていた紙袋に目を落としながらスガくんが優しい声で聞く。わたしは零れそうになった涙を拭いて、うなずいた。スガくんのために選んだプレゼント。一目会えたらそれでいいと思っていた。プレゼントを渡すだけ渡して、すぐに帰ろうと思っていた。明日もきっと朝早いだろうし、迷惑にならないうちに帰ろうって。わたしの家からスガくんの家が徒歩圏内なのはとても幸運なことだった。

「お誕生日おめでとう、スガくん」
「ほんと、ありがとう」
「お邪魔してごめんね、わたし帰るよ」
「えっ」

待ってもう帰るの、と慌てた様子のスガくんを見ながら、そういえば今怒られたばかりだったことを思い出す。申し訳なさすぎるけど、家まで送っていってもらうことは許されるだろうか。

「泊まっていけばいいじゃん」
「でもスガくんも明日、早いでしょ?」
「別になまえいても困んないから、ていうか、」

お願いだから、一緒にいてよ。

誕生日なんだからこれくらいいいでしょ、とスガくんがわたしをぎゅうと抱きしめながら言った。耳元でそういうことをささやくのは反則だと、思う。わたしはちょっと照れながらされるがままにされていた。あー、それとさ、とスガくんが少し言いづらそうな声でもごもごと言いながら一度わたしの体を離した。

「プレゼントのお返しといってはなんですが、これ」

ポケットの中から取り出した何かをスガくんがわたしの手に握らせた。スガくんは居心地が悪そうにこちらを見ない。何だろう、これ、と不思議に思いながらひんやりとした何かを握らされたてのひらを開く。ちゃり、と金属が何かと触れ合うような音がした。思わず顔を上げてスガくんを見る。

「スガくん、これ、」
「………うちの鍵、です」

合鍵だった。女の子らしい透明なキーホルダーが付いていた。スガくんがわたしのためにこれを選んだのかなって思ったら、何も言えないくらい愛おしい気持ちがした。

「…これで、いつでも来て」
「い、いいの。ほんとに、いっつも行っちゃうかもしれないよ」
「いいよ。ていうか、むしろ、いてほしい」

あ、でも、夜中に一人で来るのだけは禁止な、とスガくんが念を押すように言う。どうしよう。何だかドラマのワンシーンみたいだ。たかが合鍵って、誰かは言うかもしれない。それでも、家の鍵だ。わたしが、スガくんのプライベートに踏み入ることを許された証だ。誰にも見せないスガくんを、わたしに、見せてくれる証。何だか少し泣きそうだった。

「……あと、さっきの話だけど」
「え?」
「なまえのことだよ」
「え、」

俺は、いつも、なまえのことを考えてるよ。

会いたいなぁとか、今何してんのかなとか、泣いてないかな、笑ってるかな、いつも思ってる。……笑われるかもしんないけど。情けないくらい、俺の頭の中、おまえのことばっかりだよ。


不意打ちだ、と思った。スガくん。スガくん。
わたしがいつも考えてたこと、自分勝手でわがままな願い事のこと、話してもきっとスガくんは怒らないし、笑わないでいてくれるんだろうな、と思った。そんなこの人のことを、きっとわたしはいつまでだって好きでいるんだろうな、とも。こんなに大きな愛しいの気持ちをどうやって伝えたらいいのか、悩む。生まれてきてくれて嬉しい。わたしの知らない、わたしと出会う前のスガくんのことだって、本当に愛しい。そう思う。知らないことなら話せばいい。ぜんぶを知ることができなくても、少しずつ、わかりあっていければいい。今夜はたくさん話をしよう。出会う前のスガくんのこと、今のスガくんが考えてること、それから、これからの二人のこと。夜はまだ始まったばっかりだ。そうやって、今日はふたりきりで隣同士、一緒に眠ろう。堪えきれなくてぎゅうっと抱き付いたらスガくんが抱きしめてくれた。お誕生日、おめでとう。声にならない声で言ったら、スガくんがありがとう、って優しく笑った。




// きみだけの宇宙になれるよ
2016.06.13




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