「ごめん、なまえあけてくれる?」

玄関の方からただいまー、と一緒に、わたしを呼ぶ声がした。廊下へ続くドアを開けたら、いつもの荷物にくわえて、両腕で段ボールを抱えた孝支が立っていた。ありがと、と言いながら部屋に入った孝支がそっと床に置いた段ボールの中には大きな模造紙と、たくさんの折り紙が見える。

「どしたの、それ」
「みんなにもらった」

見て見て、と孝支が手にとって両手いっぱいで広げてみせた模造紙には元気な字で「お誕生日おめでとうございます」の文字が踊っていて、ああ、なるほど、と理解する。お誕生日おめでとう、というたくさんの筆跡のメッセージ。わたしの彼氏は、どうやら生徒からとても好かれているらしい。

「わぁ、すごいね」
「すごいよな、俺今日帰りの会でこれもらう瞬間まで、こんなの準備してくれてるなんて全然気付かなかった」

俺にナイショでみんなで用意してくれたんだって、と照れくさそうに話す孝支の横顔は本当に嬉しそうで、何だかこっちまでつられてしまう。よかったね、嬉しいね。そう言ったらうん、感動してフツーに泣きそうになっちゃった、と素直な返事が返ってくる。

「俺は本当に、生徒に恵まれてるなぁ」

しみじみとそう言って、模造紙に書かれた寄せ書きたちを愛おしそうに撫でている孝支を見ながら、孝支のクラスの子が良い子なのは、孝支が良い先生だからなのもあるんじゃないかな、と思った。孝支は、いつも担任しているクラスの子たちの話をわたしにしてくれる。〇〇さんはどんなことが得意で、今日はこんなことがあって、と話す孝支はいつも本当に楽しそうで、小学校の先生というきっと本当に忙しい毎日の中で、よくこんなにひとりひとりのことを見ているなぁと感心してしまうくらいだ。
わたしも孝支の生徒だったら、たぶんお誕生日にメッセージとか贈りたくなっただろうなと思う。孝支がたくさんの人に愛されるのは、孝支がみんなのことを愛しているからだ。孝支が優しいから、みんなも孝支に優しい。

「お誕生日おめでとう」

朝も言ったけど、改めて。わたしからも伝えたら、孝支はありがとう、と笑った。このひとの笑う顔が好きだな、と思う。


ごはんできてるよ、と一緒に食べよう、と言ったら、孝支はダイニングテーブルの上に並べた料理を見て、「わ、ごちそうじゃん!ありがとう!」とはしゃいでいた。「ケーキもあるからあとで食べようね」なんて会話をしながら、買ってきておいたちょっといいお酒をあけちゃったりなんかもして。ふたりでカンパイをして、ささやかなパーティー気分。ちょっと良い気持ちになってきたところで、孝支がそうそう、と思い出したように言った。

「今日クラスの女子が恋バナに混ぜてくれたんだけどさー」
「何してんの?」

いやほんとに、何してんの?そう思うけど、何だかそうしている孝支を想像してもいまいち違和感がないから困る。そういえばこの人、高校の頃もなぜかふつうに女子に混ざって彼氏の愚痴とか聞いてたときあったな。別に女子っぽいってわけじゃないんだけど、どこの場にいても何かうまく溶け込んじゃうところのある人だよな、とぼんやり思う。

「センセーはカノジョいるの?って聞かれちゃった」
「……今時の子はマセてるねぇ」
「クラス内にカップルもいるからなー」
「4年生なのに?!」
「4年生にもなるともう何人かいるよ、付き合ってるってコ」
「マジかぁ」
「だから大事なカノジョがいるよ、って俺は言ったんだけど」
「ちょ、生徒相手に何言ってんの!」
「えー?嘘つくのも変だべ」

知らないところで小学生相手に惚気けている孝支を想像して、わたしはふつうに恥ずかしくなってしまったけれど、孝支はさらっとそういうことしちゃうんだろうな。照れとか全くなさそうなところが孝支らしい。ていうかわざわざ大事な、とか、つけなくてもいいと思うんだけど、と思いながら、そう言われてたんだと思うと少し心が浮き立つ自分もいて、何だかすこし悔しかったりなんかして。もう10年も一緒にいるのにね。

「そしたらケッコンしないの?だって」
「マセてるねぇ」
「だから来年にはしてるかもって答えたんだけど、いい?」
「……え?」

予想外の言葉に孝支の顔を見たら、思いの外真剣な瞳の彼と目が合って、思わず息を飲み込む。

「それって、」
「あ、いや、待って、言っとくけどこれプロポーズじゃないから!プロポーズはプロポーズでちゃんとする予定だから」

一応予告っていうか、と慌てたように早口で付け足し始めた孝支を見てたら、いやそれほとんどプロポーズ終わっちゃってるじゃん、とか思ったり、さっきの言葉が彼の中で割と本気だったらしいことも伝わってきたり。何だかおかしくなってきて、だけどじわじわと胸の奥があったかくなったりもして、あ、なんか、嬉しいかも、と思ったり。かも、っていうか、かも、じゃなくて、けっこう、かなり。

「してくれるの?プロポーズ」
「夜景の見えるレストランでね」
「指輪パカって?」
「薔薇の花束もつけるよ」

ベタなプロポーズ、想像したらおかしくて嬉しくて思わず笑ってしまった、なんだか、あんまりにも、幸せで。孝支の未来に、わたしがずっといてもいいってことなんだなぁ、そういう未来を描いてくれたってことなんだなぁ。

「…わたしでいいの?」
「なまえがいいよ」

思わず漏れた一言に、孝支はわたしを抱き寄せて言った。思ったよりも強い力でぎゅうぎゅうと抱きしめられる。好きだよ、ずっと。耳元で落とされる言葉はもう10年も聞いてきたけど、それでもずっと特別に響く。

「俺は恋人に恵まれてるなぁ、って、いつも思ってるよ」

わたしが孝支にとって良い恋人だって思ってくれるなら、それは相手が孝支だからだよ、わたしの方が、ずっと、ずっと、好きだよ。孝支の腕の中で、泣きそうになって涙を堪える。孝支といるとき、わたしはいつも優しい気持ちになれるんだよ、それは、孝支がいつも優しいからなんだよ、これから先の未来まで、ずっとずっとよろしくね。




// きっとそっと、ずっと
2022.06.13





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