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日向くんって太陽みたい。たぶん、彼に出会った人はみんなそう思うだろう。名は体を表す。そういうものだ。日向翔陽。こんなにもぴったりな名前を持つ人を他に知らない。日向くんは、太陽だ。周りにいるすべてを照らして、灼き尽くす。



「何かさがしてるの?」

忘れもしない、高校一年生の夏のこと。見上げた先の明るいオレンジ。背中に太陽を背負って、逆光の中でこちらをまっすぐ見ていた視線に、思わず目を細めたっけ。

その日、わたしは泣きそうだった。朝にちゃんとかけたはずの自転車の鍵が、昼休みに何気なくポケットに手を入れたらなくなっていたから。授業間の休み時間、購買におやつを買いに行ったから、そのときに落としたのかな、それとも、それとも…。自転車の鍵には、中学のときに友達が誕生日プレゼントでくれたキーホルダーをつけていたから、それもなくしてしまったんだと思うと背筋がひやりとする。どうしよう。どうしよう。どの辺だろう。自転車置き場で膝をついて、自転車と自転車の隙間なんかを探していたら、さっとわたしの周りだけ影が落ちた。明るい声が上から降ってくる。何かさがしてるの?ボールを抱えた男の子。あ。眩しい。

「あ、えっと…自転車の鍵落としちゃって…」
「アチャー!おれもよくなくして怒られる!」

だいたい部室とかに落っことしちゃってるんだけど、影山ってやつがボゲー!ってすごい勢いでさぁ。むむー、と腕を組みながら話しかけてくれる男の子、ああ、この子見たことあるな。たしか隣のクラスの、バレー部の…。そんなことをぼんやりと思っていたら、少年はわたしの横にすっとしゃがみこんだ。明るいオレンジが目の前に見える。綺麗な色。

「どの辺で落としたかわかる?」
「えっ、と、たぶんここから校舎か、購買までの渡り廊下かどっちかかなとは思うんだけど……あ、あの、」
「なんか目印みたいのあったりする?」
「えっ、えっと」
「あ、おれ、日向翔陽!1組!1年生だよね?」

くるくると、よく回る表情だと思った。あかるいひと。人懐っこいっていうのは、こういうことを言うんだろう。ひなたくん。

「えっと、みょうじなまえ…です。1年2組の…」
「なんで敬語?」

それから、随分真っ直ぐ見つめてくるひとだと思った。くりくりとした丸い目は、逸らすことを知らないみたいだ。なんだかすこし、こわいくらい。思わず目を細める。

「鍵さー、どんなやつ?キーホルダーとかつけてた?」
「えっ、あっ、なんかクマの…マスコットみたいなキーホルダーついてる」
「クマね。おっけー!」

そうやって笑うと、ひなたくんはわたしから少し離れたところにしゃがんで、地面を探し始める。わたしは慌てて声をかける。

「あ、あの!自分で探せるから大丈夫だよ、悪いし」
「えっ?でも二人で探した方が早いじゃん」

きょとんとした顔でそう言ってのけたひなたくんは、きっと物事を自分にとって損とか得とかで考えることがないのだろう。困っている人がいるから放っておけない、とか、そういう思考すらないように見える。目の前に探し物をしている人がいるから、一緒に探す。それは彼にとってとても自然なことで、「優しくしよう」みたいな意図もそこにはないんじゃないだろうか。

「それにおれ、よくモノなくすから探すの得意!」

そう言ってパッと笑ってみせるひなたくんに、ありがとう、と返すのが精一杯だった。わたしはなんだか胸がぎゅう、となっていて、うまく言葉にできない何かでいっぱいだった。鍵を失くしてしまって固くなった心を、ひなたくんがゆっくりほどいてくれるみたいだった。気を抜いたら、涙が出そうで、わたしはきゅっと両手を握りしめていた。


あー!これじゃない?とひなたくんが大きな声をあげてわたしに走り寄ってきたのは、それから10分くらいしてからのことだった。

「こ、これです…!」

見覚えのある、どこかとぼけた顔のくまのキーホルダー。ひなたくんがわたしの両手に渡してくれたそれを、そっと握り締める。よかったぁ、と思わず口から零れ落ちた。見つからないかと思った。安堵と嬉しさでいっぱいになっているわたしに、ひなたくんは「ね、だから言ったでしょ、おれ、探し物得意だって!」とにこにこと笑った。

「本当にありがとう、大切なものだったから、見つけてもらえて本当にうれしい」

そう言ったら、ひなたくんはわたしの目を見つめて、それから。

「おれも嬉しい」

ゆっくり目を細めて、笑った。あ、また。まぶしい。ひなたくんは高く上った太陽に後ろから照らされていて、なんだか直視できなくて、思わず瞬きをする。明るくて、まばゆい。すべてを照らす、強すぎるひかり。

貴重な昼休みをこんなことで潰させてしまった、と思う。ボールを持っていたし、きっと自主練していただろうに。あまりに申し訳なくて、何かお礼をさせてほしいと申し出た。ジュースでも何でもおごるよ、と言ったけど、ひなたくんは頑なにそれを断った。大したことしてないし、と言うのがひなたくんの言い分だった。とんでもない。わたしは、ただ落とし物を一緒に探してもらっただけじゃなくて、それ以上のものを受け取っている。

「うーん、ほんとに良いんだけど……あっ、じゃあさ、今日の放課後、うちで練習試合やるんだけど、もし空いてたら応援に来てくれない?」

良いこと思いついた!というように、パッと顔を明るくしたひなたくんがそう言った。
練習試合に応援がいるって、強豪みたいでカッコイイから!そうはしゃぐ姿は小さな男の子みたいで、何だかかわいらしくて少し笑う。

「うん、行く」
「エッ!いいの?大丈夫?無理しなくていいケド…」
「ううん、行ってみたい」

即答したわたしに、ひなたくんは(自分から誘ったのに)少し不安そうな顔をしていたけど、見てみたいと思ったのは本心だった。バレーボールには詳しくないけど、ひなたくんがバレーの話をするとき、とてもうれしそうな顔をするから。あっでも、1年生だし、ひなたくんは別に試合には出ないのかもしれないな。それはそれで

「じゃあ、おれ、カッコイイとこ見せれるように頑張る」

思わず息を飲んだ。
そうやって笑った彼が、さっきまでのひなたくんと違って、ひどく大人びた表情をしたからだ。

あっいつも頑張ってるけど!いつも以上に!
慌てて付け足す姿はさっきまでの小さな男の子の雰囲気で、なんだか可笑しくて、思わず笑った。ひなたくんは、「見てて」とあの明るい笑顔で笑った。



なーんて、言ってもらったことあるんだよ、わたし、“日向翔陽”に。
「最強の囮」日向翔陽! テレビから流れる日向くんの紹介を聞きながら、なんだか誇らしいような、懐かしいような気持ちで思い出す。

あの日の放課後、体育館で彼を見て驚いた。バレーにはあまり詳しくないけれど、小柄な人がつくことの多い、守備専門のリベロってポジションがあるということくらいは知っていて、ひなたくんはきっとそれなんだと思い込んでいたのに。

飛んだ。

そう思った。鳥みたい。小さく見えた体。しなやかに伸びる。綺麗。あ、また。太陽。
ちかちかする。ああ、あのとき眩しかったのは。太陽のない体育館で彼を見て、そのとき初めて気が付いた。光っていたのは、眩しかったのは、ひなたくんを後ろから照らしていた太陽なんだと思っていたけど。そうじゃなくて、ひなたくんそのものだったんだ。

いつか遠い世界に行ってしまうひとだ、と思った。直感は当たった。日向くんは高校を卒業してすぐに、リオデジャネイロに飛んだと聞いた。
わたしは彼に何も言えなかった、結局最後まで。高校生活の三年間、日向くんは廊下ですれ違えば必ず声をかけてくれたし、わたしもそれからも何度かバレー部の試合を見に行ったりもしたけれど、それが別に特別なことじゃないってすぐに思い知らされた。日向くんは、誰とでもすぐに友達になれる人だ。彼にとってわたしのような存在はたくさんいただろうと思うし、日向くんのそういうところに憧れていた。
卒業式の日、勇気を振り絞って最後に挨拶に行った。一同級生に過ぎなかったわたしにも、日向くんは「またね!」と明るく笑った。そのまたね、を真に受けられるほど、わたしと日向くんの距離は近くないことを痛感していたけれど、それでも、祈るような気持ちでわたしも「またね」と言った。

「…こんな形でまたねになるとはね」

オリンピックの生中継、テレビにアップで映る日向くんを見ながら、思わず呟く。隣には影山くんも。オリンピックで金メダル、あの頃日向くんが何度か言っていたのを聞いたことがあるけれど。本気で言っていたとは思わなかった、なんて言ったら失礼すぎるか。彼はいつも本気だったし、嘘をつかない人だった。

変わんないなぁ。体格は高校生の頃と全然違う。見ただけで、彼が相当のトレーニングをして身につけたであろう筋肉がわかる。一目見ただけで、「強い」ひとなんだって、わかる。そりゃそうだ、国の代表になってしまうくらいなんだから。あの小さな身長も、それさえも武器にして。ここに至るまでの道のりをわたしは全然知らないけれど、きっといろんなたくさんのことを乗り越えて、丁寧に日々を紡いで、日向くんは今日、あの舞台に立っているんだろう。

だけど。日向くんの表情も、あの頃から何にも変わっていない。
きみは、相変わらず、強いひかりだ。テレビ越しに見ても、何年経っても。そうして、何度だってわたしを灼く。


「はやいはやい 烏野高校伝説のコンビがコートに飛ぶ──!」





/20210620

title: alkalism


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