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※高校3年生の月島くん



「月島ってほんとかわいくない」
「は?」

月島の、その、本当に嫌そうな顔、けっこう好きだって言ったら、どんな顔するんだろう。ひねくれてるけど、素直なやつ。けっこう顔に出るタイプだよね、そう言ったらやっぱり嫌な顔した、そういうとこは、ちょっとだけ、かわいかったり。

「危なげなく受かっちゃうんだもんなぁ」


仙台の、かなり偏差値の高い大学。結果発表の日、「受かったよ」とだけ連絡が来た。もっと喜ぶとかさぁ。思うけど、滅多に来ないLINEが来たから、まぁ月島なりに喜んではいるのかな。わかんないけど。月島は、1月ギリギリまで部活をやっていたというのに当然のように合格をした。わたしがそれなりに一年間勉強だけをやって、それでも手の届かない大学だったから、純粋にすごいなとも思う。
しかもただ部活をやっていただけではなくて、全国大会ベスト4。それは、けっこう、とんでもなく、すごいことだと思うけど。

1月、東京から帰ってきた月島は、一言目に「負けた」と言った。彼の試合をテレビで見て、「おめでとう」と言う準備をしていたわたしは慌てて口をつぐんだ。そうか。月島は、「負けた」のか。
というか、月島が春高から帰って来て一週間も経たないうちにセンター試験だったりしたんだけれど、月島の頭はどうなっているんだろ。

「月島、一応聞くけどセンターの方はどうだった?」
センター試験の次の日の登校日、そう聞いたら、めんどくさそうな顔を隠さずに「ホントに聞きたいワケ?」とだけ言った。
「へこみそうだから聞きたくない」
「賢明な判断だね」
これだから頭の良いやつは。かわいくない。なんでこんなに余裕そうなんだろう。これが一週間前まで全国レベルの部活やってた人が言うこと?おかしい。天は二物も三物も月島に与えている。
恨めしい気持ちで見つめていたら、「なに」とだけ言い放つ冷たい視線が返ってきた。月島のこと思い出すとき、そういう顔ばっかりだよ。知ってるかな。3年間も同じクラスだったのにね。


「思い出話ばっかりするんだね、君」
「だって卒業式だよ、今日」

3年間着倒した制服も、ほこりがきらきらと輝く教室も、懲りもせずにちょっかい出し続けた背中も、今日でぜんぶ最後。月島って冷たいけど、わたしが後ろの席から話しかけたらめんどくさそうにしながら、だけど横向きに座り直してくれたりするの、そういうとこ、ほんとは優しいんだよねっていつも嬉しかったよ。月島とは3年間の中で、なぜか前後の席になることが多くって、よく真っ白いシャツに包まれた背中を見ていた。居眠りなんかしないから、月島の後ろはちょっと黒板が見づらいんだよ、真面目なやつ。時々前の席に投げつけた手紙、月島はいつも開いて見てくれたっけ。一回も返事くれなかったけど、授業が終わった休み時間、「ここ、誤字。漢字くらいちゃんと使いなよね」とかわざわざ言ってきたりして、そういうとこ律儀だよね。なんかちょっと、泣けちゃうね。

「……なにその顔」

例によって、前の席にいる月島が、横向きに座って、自分の机で頬杖つきながら、ちらりとわたしの方を見下している。相変わらず馬鹿を見るような、冷たい視線。「見下ろす」よりも、「見下す」方がぴったり来るような。変わらなさに、すこし笑える。学校の椅子は月島が座るとなんだかすこし小さく見えて、わたしはそれを見るのが好きだったっけ。

「こうやって」
「?」
「月島のこと見るのも、最後なんだなぁって」

そう言ったら、月島は珍しくぴくりと眉を動かした。さっきよりも微かに大きく開かれた(ような気がする)月島の目がこっちを見る。寂しいもんだね。卒業式。月島は、そういうセンチメンタルからは程遠そうだけど。

「…最後なの」
「え、だって月島、学校の外で会ってくれたことないじゃん」
「僕、ヒマじゃないからね」
「ほらぁ」

1年の頃、何回か、遊びに誘ったことがある。クラスのみんなでカラオケとか、試験最終日の打ち上げファミレスとか、そういうの。ぜんぶ「ヒマじゃないから」「そんなにヒマそうに見えるわけ?」ってバッサリ断られた。横から「ごめんね」って山口くんが両手を合わせていた。月島のことなのに、なぜか山口くんがいつも謝っていた。おもしろい。ちなみに、そういうとき月島が謝ったことは一度もない。そういうとこ、ハッキリしててなぜか嫌いになれない。
そんなわけで、月島とは3年間同じクラスで、学校で会えば話すし、席が前後なことも多かったし、一緒に日直もしたし、文化祭では嫌がる月島を山口くんの代わりに引っ張って持ち場まで連れていったりもした、月島とはそれなりに仲が良い自負があるわたしだけど、学校の外で会ったことはない。「ヒマじゃない」は、確かに事実なんだろうなって思う。月島は放課後いつも体育館にいた。土日も。実はこっそり、仙台まで試合を見に行ったりしたこともあったけど。月島はいつも嫌そうな顔をしていたから、個人的に声をかけたりはしなかった。かわいくないやつ。でも、バレーやってる月島見てたら、月島もあんな顔するんだねぇなんて、思ったり。教室で見る月島とは空気が違っていて、なんだかすこし新鮮だったっけ。

「卒業してもバレー続けるんでしょ」
「…そのつもり」
「相変わらず忙しそう」
「まぁね」

窓際の席。周りではみんなが立って写真を撮ったり、騒いだり、思う存分別れを惜しんだりしているというのに、月島とわたしだけが自分の席に座ったまんま。朝、登校したら、月島がいつものようにヘッドホンつけて自分の席に座っていた。しゃんとした背中。真っ白いシャツ。何となく名残惜しいような気がして動けずにいたら、月島もおんなじように自分の席から立ちあがらないままだった。(だけど多分、そのうち山口くんがやってくるだろう。もしかしたら、日向くんも、影山くんも、仁花ちゃんも。バレー部はみんな、仲良しだから)
月島の声はそんなに大きくないけど、ざわざわとした教室の中で、わたしの耳にきちんと届く。なんでだろうね。ぼんやりと教室の風景を眺めていたら、だからさ、と月島が言う。

「僕、ヒマじゃないんだよね」

知ってた。今さらそんなこと、言われなくても。これが最後。月島とわたしの、3年間も。今日で、ぜんぶ、終わり。そんなことを考えていたら、月島が隣で微かに空気を揺らす気配がして、顔を上げる。

「ヒマじゃないけど、これからも会ってあげてもいいよ」

ぱちん。弾かれたように、月島の顔を見つめてしまう。それは。
月島の表情はいまいち読めない。わたしは山口くんじゃないから。だけど。いつも「ヒマじゃないから」って、断ったくせに。それは。素直じゃない月島なりの、最上級の譲歩なんだってことくらい、わたしにもわかる。わかるんだよ、月島。

「…かわいくない」
「お互い様じゃないの」

そう言って、月島はちょっと笑った。そういう顔はかわいいのにね。素直じゃないやつ。だけど月島が言うとおり、3年間が終わるまで本当のこと何一つ言えなかったわたしも、十分、素直じゃなかった。
まだ冷たい風が窓から吹いて、わたしたちの間をすり抜けていく。ねぇ月島、わたし、ほんとはずっと、月島と学校の外でも会ってみたかったよ。ねぇ月島、なんだかすこし、春が楽しみだねぇ。



/20200729
title by alkalism


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