着ているものなら、ずっとおんなじだった。強豪校として、「北川第一」の名に恥じないような働きをしてきたつもりだった。選手たちの負担を少しでも減らせるように。上だけを目指し続ける彼らから出来る限り枷になるものを外せるように。当然のように多くの時間を過ごしてきたし、彼の隣にいるのは大概わたしだった。いつだって一緒だった。だけど。わたしと彼とでは背負ってるものは全然違ったんだと、最後の公式戦でわたしはようやく理解した。

何であんなことをしたの、なんてことは当然言える訳がない。金田一や国見の気持ちが解らない訳じゃない。影山は確かに目に見えて焦っていたし、比例して無茶な要求をすることが増えていた。影山は確かにチームのセッターとして相応しくなかった。二年上のあのセッターとして完璧な先輩を、わたしたちは知っているからこそ、なおさら。だけど、あの瞬間こちらを向いた影山の、あの絶望的な表情だけは忘れられやしない。


「影山!」
「…何だよ」

影山は引退してから逃げるようにバレー部に近寄らなくなった。金田一や国見、レギュラー陣は引退してからも時間があればちょくちょく部活に顔を出して後輩たちを冷やかしていたけど、影山は一度も体育館に現れることはなかった。どうやら別の場所で自主トレをしているらしいと聞いたとき、そのことを人づてに聞いたとき、わたしと彼の間に横たわってしまった溝に、少なからずわたしは絶望した。
あんなに、一緒にいたのに。一緒に闘ってきたと、思っていたのに。始めからわたしは彼に何もできてはいなかったんだと、気付いてしまった。確かに隣にはいたけれど。隣に、いただけだった。三年間。ずっとずっと、誇りだった。強豪校。北川第一。その名を背負っているんだと勘違いをしていた。北川第一の名前の入ったジャージは三年間着続けたせいでぼろぼろだったし、それに見合うだけの仕事はこなしてきたつもりだったのだ。

影山とみんなはいつからかボタンをかけ違えたようにうまくいかなくなった。ボールを触るとあんなに楽しそうに笑っていた影山は、苛立った表情しか見せなくなった。知っていた。それでも、影山は天才だから、あいつは才能があるから。そんな感情でふたをして、そうして、最終的にわたしは影山を、あんなにひとりにしてしまったのだ。知っていたのに、影山をひとりぼっちにしてしまった。

彼が「コート上の王様」と遠回しに揶揄されていた事を、わたしは少ししてから知った。その異名を言い出したのがいったい誰だったのか、なんてことは知りたくないと思った。どうかどうか、それを言ったのはコートの外から眺めていた知らない人でありますように、とどうしようもなく祈った。

「卒業おめでとう」
「…おまえもだろ」

卒業式の日も、やっぱり影山はひとりだった。バレー部はバレー部で集まって後輩たちからお花を貰ったけれど、影山は顔を出さなかった。一つ余ってしまった花束を手に後輩は困った表情をしていたから、渡しておくよと預かることにした。影山は多分すぐに帰ってしまうと思ったから、後輩たちと別れを惜しむ時間なんてなかった。

悪いけど先に行くね、ありがとう。そう告げてバレー部の集団を抜けようとしたら、グッと腕を引っ張られた。「アイツのとこ行くのかよ」。金田一がそれはそれは怖い顔をしてわたしを見ていたけれど。ごめん、行くよ。だってわたし、もう二度とアイツのこと、ひとりになんかしたくない。「ごめん」それだけ伝えれば金田一はするりと手を離してくれた。勝手にしろよ、そう告げた金田一の目の中に一瞬、寂しさのようなものが見えたような気もしてた。だけど、ごめん。金田一が割りきれないの解ってる、影山だけが悪い訳じゃなかったかもしれないけど、でもやっぱり影山だって悪かったのだ。あの試合、行けなかった全国、それは確かに影山のせいかもしれない、割りきれないの解ってる。金田一はきっと認めて欲しかったんだって、影山ともちゃんとバレーしたかったんだって。解ってる、解ってるよ。それでも、わたしはアイツの隣にいたいって、いなきゃ駄目だって、そう思うんだよ。「ありがとう!」走り出しながら振り向いて伝えた。元気でな、と金田一は下手くそに笑った。


走って走って帰る途中の影山にようやく追い付いた。二つ抱えた花束の片方を影山に押し付けるように渡す。

「これ、後輩のみんなから」
「……いらねぇよ」
「いらなくても持って帰りなよ」

影山は不機嫌そうな顔でしぶしぶ受け取った。どちらからともなく、二人で並んで歩き出す。もう陽は傾き始めている。

「……お前」
「ん?」
「何で青城行かなかった」

知っていたのか。隣に立つ影山はわたしの方なんて見なかった。それでもまだ、話はしてくれる。それだけでも、もう、十分すぎる程だった。

「だってさ、影山は白鳥沢落ちたでしょ」
「何で知ってんだよ!」
「いや、むしろ受けたことがすごいっていうか…度胸あるよね、影山の頭で受かると本気で思ってたの?」
「………」
「そしたら、影山は烏野に行くかなぁって思って」

影山は驚いたようにわたしを見た。ああ、こっち見たなぁ、と何となく思いながら花束を抱え直した。夕日がとうに世界を真っ赤に染めていた。

「…烏養監督が復活するらしい」
「うん」
「オレは、今度こそ、全国に行く」
「うん」
「お前もバレー部入るだろ」
「……うん」

一緒に行くよ。今度こそ。二度と君をひとりになんかさせやしない。ねぇ、影山がまだ、わたしが隣にいることを許してくれるというのなら。

「影山」
「何だよ」
「…ありがとう」
「……何が」
「さんねんかん」

影山にとっての中学はもしかしたら嫌な思い出のままなのかもしれない。どこまでいってもついて回る、ひょっとしたら呪いのような記憶なのかもしれない。だけど、勝手だけど、わたしにとっては愛しかったから。素晴らしい三年間だったって、今振り返っても胸を張って言えるから。それは影山のおかげなんだよって、伝えたいなと思ったのだ。

「…俺は言わねぇぞ」
「うん」
「少なくとも高校行ってからだからな」
「……うん?」
「全国行くまでは、言わねぇ」

その意味を理解するのに一呼吸かかった。影山はいつもの仏頂面で前だけを見つめている。整った横顔。一般的な中学生にしては高すぎる身長。「コート上の王様」。誰が言い出したかなんて、知らないけれど。その誰かは知っていただろうか。コートの外での影山のこと。夕日に照らされた影山はまるで神様に作られたみたいに綺麗で、本当に綺麗で、わたしは「王様」だってあながち間違っていないかもしれない、と思った。輝かしくて、痛々しい。それでも、貴い。綺麗だった。影山は、いつだって、綺麗だった。

「影山」
「あ?」
「全国行こうね」
「当たり前だ、ボケ」



∴ 春を今すぐ君のとこまで、連れていくから待っててね

140316

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