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久しぶりに飲もうよ、と言い出したのはどちらからだったか。
高校の同級生から電話が来たのは突然で、かかってきたのはこっちなのに、電話をとると向こう側で「え、あれ、みょうじ?」となぜか驚いた松の声がした。ああ、久しぶりに聴いたな。松の声。ごめん誤動作でかけちゃったみたい、と言う落ち着いた声はあの頃のままで、懐かしくて何だか少し笑えた。

松は高校で一番仲の良かった男の子だった。大学に入ってもしばらくは花巻とかも入れて何人かで覚えたてのお酒を飲んだりしていたけれど、社会人になってからはみんなそれなりに忙しくなって、何となく連絡は途絶えていた。
松に対して、わたしは高校生の頃ほんのりとした恋心を抱いていたけれど。仲の良い友達という関係を壊すのも怖くって特に行動もできずに終わっていった、そんなありふれた淡い恋だった。

「最近、どう?」という優しい声はあの頃のそういう気持ちを何となく思い出させた。間違い電話だったはずなのに、どちらも切ろうとはしなくって、他愛もない話をして、気付いたら一時間が経っていた。今度会おう、という話をして、少し名残惜しいまま電話を切った。



電話での会話は、社交辞令で終わらなかった。電話を切った次の日には松から「いつ空いてる?」とLINEが来た。すぐに空いている休日を連絡する。
ぽんぽんと続く無駄のないラリーで日時と場所はスマートに決まっていったし、何ならお店のURLと「予約しといた」までくっついてきた完璧さに、松って仕事できるんだろうなぁ、とぼんやり思った。あの松に、そんな風に思う日が来るなんて、高校生の頃を思い出すと何だか不思議な気がした。

松の予約してくれたお店は思っていたより雰囲気が良くて、驚いた。こじゃれた居酒屋。普段同僚と仕事帰りに寄るような、駅前のチェーンなんかじゃなくって。半個室の席に通されて、何だかすこしそわそわする。あんなにファミレスに通っていたのにね。いつのまにか立派な大人になって。

とりあえずビール、あと適当に頼んでもいい?食べたいものあったらみょうじも好きに頼んで、って自然にやってのけてくれる、その細やかな気遣いにもわたしはいちいちこっそり感動したり。

お互いの近況や、共通の友人の話、話し始めると話題が尽きることはなかった。会っていなかった数年間を取り戻すみたいに、高校生の頃みたいに二人で馬鹿な話をしていたらあっというまに時間が過ぎた。
お互いに良い感じに酔いも回ってきていて、何となく高校生の頃の思い出話に話題が向かったときだった。松から爆弾が投下されたのは。

「俺さ、高校の頃みょうじのこと好きだったじゃん」
「………、え?!」
「あ、マジで気付いてなかったんだ」

わたしはテーブルを片付けに来てくれた店員さんに空のグラスを渡しながら、追加のビールを頼もうとしているところだった。衝撃のあまり口をぱくぱくとさせるわたしに代わって、松は店員さんに「あ、生ビールもうひとつお願いします〜」とのんびりした声で頼むと、わたしに向き直る。

「知っててはぐらかされてんのかと思ってた、なまえチャンってば魔性だから」
「いや、え?!か、からかってる?」
「何でよ」
「だって、え、そんなの全然知らなかった」
「そーぉ?」

ほんとに気付かなかった?とメニューを眺めながら松が言う。動揺しているのはいっつもこっちだけ。

「俺、思春期の男子にしてはけっこう一生懸命アプローチしてたと思うんだけど」
「あ、アプローチ?」
「優しくしてたデショ、とくべつに」

うわ。ぶわっと自分の顔に熱が集まるのを感じる。だし巻き玉子を口にいれながら何でもない顔で言ってのける松とは対照的だ。
正直に言って思い当たる節は大いにあった。高校生の頃、松はいつもわたしに優しかった。勘違いしそうになる度に、必死にその気持ちを抑えつけてきたのだ。

「いや、でも松、みんなに優しかったじゃん。だからわたし、わたしが期待してるからそう見えて思い上がっちゃってるだけなんだってずっと、」
「……」
「………あ」
「ふぅん?」

失言に気付いたときにはもう遅い。松はにやにやと笑みを浮かべながらわたしを見ている。

「期待してたんだ?」
「いや、まぁ、……ていうかそれなら松こそ!気付いてたでしょ」
「んー?何を?」
「だから、あの頃…わたしが松のこと好きだったって」
「あの頃、ね」

呟いて、

「今は?」
「えっ?」
「今は、どう?」

今って、だって。答えられずに松を見ると、頬杖ついた松が上目遣いにこちらを見ていて、思わず息を飲む。え?何、この雰囲気。高校生の頃の初恋が、何年も経った今になって、あの頃よりも大きくなって、襲いかかってくる。じりじりと、松の視線がわたしを灼く。

「……ま、松こそ、どうなの」
「わかってるのにはぐらかすんだ、なまえチャンてば、ほんとに魔性の女ー」
「っ、わかんないから言ってるのに」
「わかんない?」

ゆるりと眠そうなまぶたを持ち上げて、松がわたしを見る。松って昔から、じぃっと人を見つめてくるところがあるんだ、圧がすごいの。そうだ、この人、伝えたいことがあと、言葉だけじゃなくて全身で訴えてくるヒトだった。

「今も昔もこんなにわかりやすくアプローチしているというのに」
「えっ」
「俺、そもそも間違えて電話かけるとかいうミスしないし」
「えっ」
「狙い通りだから、最初から」

いつのまにか机の上に置いていた手にそっと松の手が重ねられている。心臓が爆発しそうに音を立てる。もうわたし、立派な大人なのに。高校生の頃とは、違うのに。

「ねぇ、ちゃんと言わなきゃ、ほんとにわかんない?」





指先から星屑




title by 魔女


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