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多分もうすぐだめになってしまうと、思う。

伏せた目をそっと持ち上げるとそれに気付いたスガくんが少しだけ笑ってみせた。目と目が合えばその瞬間にスガくんは流れるように笑う。いつもそうだ。誰とでもそうだ。優しそうな目をこれ以上ないくらいに優しく細めて、笑う。その一連の動作を見てうつくしいなぁとわたしは思う。

「どうしたの」
「………」
「ん?」

あんまりそういう目で見つめないで欲しいなぁ、とも思う。わたしの気持ちを全部見透かしているような視線が、わたしは時々とてもこわい。顔を覗き込まれて、目と目が合って、優しく首を傾げられて、そうしたらほら、もうだめだ。我慢してたのに、そういうものが全部こぼれ落ちてしまう。頭で考えるよりも早く、固く結んでいた糸がほどけるように、言葉がぽろりと外に出た。

「……やなことが、あって」
「うん」
「やなこと、言われて」
「うん」
「そんなことくらいでこんなにへこんじゃって」
「うん」
「スガくんにも心配かけて、弱くて、…こんな自分が一番やだ…っ」

ぼろぼろと、自分ではもう止められなかった。目から次々に雫が溢れては落ちていく。情けない。本当に、たいしたことじゃなかったのだ。ちょこっとだけ、意地悪を言われてしまっただけ。誰だって一度は体験するような、そんなささやかな悪意。そんなものに神経をやられてしまったことが情けないし、そんな悪意を向けられてしまった自分自身のことも恥ずかしいと思った。ぎゅっと閉じたまぶた。とまれ、なみだ、がんばれ、涙腺。
不意に、頬に温かさを感じた。思わず目を開ければ、滲んだ世界の中でスガくんが眉を下げていた。酷く優しい手が、目が、わたしに触れている。

「“そんなこと”じゃないよ」

スガくんの思ったよりも無骨な手が、そう言ってわたしの頬を包み込む。いつもより低い位置から覗き込んでくれているから、お互いの顔は丸見えだ。言葉の出ないわたしの涙を、スガくんはゆっくり掬っていく。

「そんなことなんかじゃ、ないよ」
「……っ、」

「よく頑張ったね」

スガくんがそう言って笑うから、わたしの涙はもう止まることなんて知らない。後から後から堰を切ったように涙の粒が流れてく。スガくんはしばらく何も言わないで涙を受け止めてくれていた。わたしはそれにまた、切なくなった。何で。なんで。この人は、なんで、わたしが欲しいと思う言葉をくれてしまうんだろう。何で全部を包み込んでくれるんだろう。いつだってわたしばっかり。

「や、優しすぎるよ、スガくん、甘やかさないでよ」
「何で?」
「わたし、だめに、なっちゃう」
「俺は甘やかしたいよ」
「スガくん、」

もうとっくに、どろどろに甘やかされている。この優しい声に、優しい目に、優しい手に、甘やかされる。まるで小さな子どもみたいに、たくさんの愛情だけをもらっている。ふやけてしまう、と思った。そんな自分をずるいと思った。いつだって貰ってばっかりで、そんなの、本当に。
だけどスガくんはわたしを見た。親指でわたしの涙袋をゆるりと撫でる。ぼやけた視界の真ん中で、少しだけ泣き出しそうな顔をしたスガくんが、笑った。



「だめにしたいよ」




愛おしくなったら終わりだよ



   title にやり

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