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※未来設定


「あ゛ーーー、そこ、そこ」

ぐぐぐ、と親指を押し込むと、わたしの下で孝支が声にならない声を上げる。うつぶせで寝っ転がった彼の声は、いつもの爽やかさのかけらもなくて、あまりの無防備さに少し笑ってしまう。それにしても、腰、凝ってるな。仕事大変なのかな。すこし心配になりながら、彼の腰をほぐすように体重をかける。


今日は孝支の誕生日だ。
付き合って5回目の誕生日、いつの頃からか、お互いの誕生日にあんまり気合の入ったことはやらなくなった。付き合いたての頃はちょっとお高めのレストランでサプライズとかも仕掛けたものだけど、5回目ともなると家で孝支の好きな料理を並べて、ゆっくり過ごすだけ。

せめてもの気持ちとして、今日は早めに仕事を上がって、たくさん料理を作って孝支の帰りを待った。帰ってきた孝支は、机の上いっぱいに並べた料理を見て目を丸くした。「こんなにいっぱい食べられないよ」と嬉しそうに笑った孝支を見たら、わたしも嬉しくなった。

そんなことを言っていたし、わたし自身も絶対に食べきれないような量を作ったつもりだったのに、結局孝支は並べた料理をほとんど食べた。「もっと残ると思ってた」と驚いて言ったら、「元バレー部の食欲なめんなよ」って笑っていた。「正直俺もこんなに食べるつもりじゃなかったんだけど、でも、あまりにもうまかったからさ」とごちそうさましながら、何でもないことのように孝支が言った。ありがとなー、と頭を撫でられた。待ってわたしの彼氏完璧すぎない? 孝支はいつも、当たり前のようにわたしが一番喜ぶことを言う。孝支の誕生日をお祝いしたくて作った料理なのに、わたしの方が嬉しくなってしまった。

せっかくの誕生日、もっともっと孝支のことを喜ばせてあげたいな、お祝いしたいな、と思って、食後に飛び出した一言が「マッサージするからそこに寝て」だったのは我ながら少し笑える。父の日かよ、と、自分でも思わず突っ込んでしまうけど、まぁ、これはこれで。孝支は突然のわたしの提案に少しだけ目を丸くしたあとで、素直にソファの上に横になりながら、「父の日かよ」と笑った。あ、おそろい。

「なまえはマッサージがうまいな。プロみたい」
「お客様、かゆいところはございませんか?」
「それなんかちがくない?」

くすくす笑い合いながら、わたしはぐっぐっと孝支の腰に指を押し込む。わたしの指の動きに合わせて、「ふあ」とかなんとか、孝支の口から気の抜けるような声が漏れる。お風呂上りの孝支からは、わたしとおんなじシャンプーの匂いがふわっと香ってきたりなんかして、わたしはどうにも、にこにこしてしまったりなんかするのだ。

「……ふふ」
「? な、にわ、らってん、の?」
「へへへ」

思わず笑ったら、不思議そうに孝支が顔を少しだけこちらに向けた。その声が、わたしが指を押し込む動きに合わせて不自然に途切れていて、たったそれだけのことなのになぜか面白くなってわたしはまた笑ってしまうのだった。別にそんなに面白いことでもないのに、変なの。でも込み上げる笑いを止められない。

「えー?ふふふ」
「ちょっ、と、ど、したの」
「へへへへ」
「もー、なに、ひとりで、ふ、ふふ、」
「孝支もわらってるじゃん」
「だって、なまえが、なんか笑ってるから」

楽しくなってマッサージを続けながら一人で笑っていたら、つられて孝支も笑い始めた。なんで孝支も笑うの。意味がわからなくて、だって孝支はわたしが笑ってた理由もわからないのに笑うなんて、変なの。そんなことを思ってたらもっとおかしくなって、ツボに入ってしまった。マッサージを中断する。

「ふふ、ふふふ、変なの、」
「ふは、もー、何だよー」
「へへへ、あー、意味わかんない」
「こっちのセリフなんですけど!」

お互いに笑い合っていたら、孝支から鋭いツッコミが飛んできた。確かに。面白いので、また笑う。人は楽しいから笑うのではなくて、笑うから楽しいのだという誰かの言葉を、ふと思い出す。

「へへ、ね、孝支」
「んー?」
「おたんじょーびおめでと」
「……ん、ありがと」

ひとしきり笑い合ってから、なんだか孝支と一緒にいられることが嬉しくなって、その代わりに祝福を伝えた。うれしいよって、幸せだよって伝えるために。うつぶせになったまま振り返るようにしてわたしを見ていた孝支は、その大きな瞳を少しだけ伏せた。睫毛、長いな。綺麗だなぁ。

笑いの隙間に、ぽつりと。綺麗な目をいっそう伏せて、ひとつ瞬きをした孝支の口から言葉が落ちる。

「……おれ、こんな幸せでいいのかな、とか、たまにおもうよ」

そんなことを、ふっと呟く。この綺麗な男の子は、時々なんだかセンチメンタルだ。そんなところもかわいくて、愛しくて、だからわたしは笑い飛ばすのだ。

「なーに言ってんの」

わたしが隣にいるんだから、黙って幸せになりなよ。

にっこりと笑ってやれば、ぽかんと一瞬呆気にとられたような顔をわたしに向けて、そうして。孝支もそっと眉を下げる。ふふ、と、空気を揺らす。

「もうやだ俺の彼女男前…」
「男前ついでに、そろそろ彼女から奥さんになってもいいんだけど?」
「……ちょっともうやばい」

わたしの言葉に照れたように孝支はうつむいて顔を隠してしまった。うつぶせになった孝支が、あー、とか、うー、とか、言葉にならない声を発していたけれど。

それは、俺の方から今度言うから、ちょっと待ってて。

寝ながら組んだ腕に顔を押し付けて、こっちを絶対に見ないようにしながら、小さな声で孝支が言う。だけど少しだけ赤くなった耳は見えちゃったりなんかして、嬉しくなって孝支の背中に抱きついた。照れ隠しに「重い」とか呟くきみが、かわいくて、いとしい。そんなこと言われたら待っちゃうよ。安心して幸せになっていいよ、わたし、ずっと隣にいるから。何度だって、きみを幸せにするからね。



Happy birthday to you !

2018.06.13

title: 花洩


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