小説 | ナノ ※とても初期に書いたため、3年生がIHで部活を引退しているっぽかったり、東峰くんが進学っぽかったり、設定がめちゃめちゃです、ご注意ください。




「うえー、帰りたーい」
「そう言うなら帰れ」
「みょうじ、帰っていいよ」
「冷たい!冷たいよ君たち!みょうじなまえに対する優しい対応を求め、断固抗議する!」
「店で騒ぐな、迷惑だろ」
「え?なに?澤村ってわたしに対してアタリ強くない?」
「みょうじいいから、早く手動かしなよ」
「…はい」

菅原に言われてしまったらもう大人しく頷くしかない。ガリガリと古文の白文をノートに書き写す。

照りつける日射しが暑い夏休み、ファミレスに集まって勉強会しようなんて言い出したのは誰だったっけ。菅原だったような気もするし、東峰だったような気もする。それともわたしだったかなぁ。だけどそんな召集に一人も欠けることなく集まったわたしたちも存外暇だ。暇というか、何というか。今まで生活の一部だった部活がなくなって、そこにぽかんと空いてしまった穴をわたしたち5人はみんな揃いも揃ってもて余している。


だけどこれでも受験生。今まで部活を言い訳に逃げ回ってきた勉強というやつとそろそろ向き合わなくっちゃいけない。同じように部活に打ち込んできたはずの仲間たちはみんな、なぜだかわたしよりも偏差値がだいぶ高いのだから少し焦ってしまう。「お前が遊んでる間に俺たちは真面目に勉強してたから」じゃないよ知ってる?それ裏切りっていうんだよ知ってる?ちくしょうめ。こればっかりは澤村の方が正しいのだから何も言えない。というか、澤村の方が正しくなかったことが今まで一度でもあっただろうか。いや、ない。

浪人とかしたくないなぁ、あの生意気なふたつ下の後輩に何て言われるかわかったもんじゃない。「先輩、ひょっとしたら僕たちと同じ学年になれるんじゃないですか?楽しみだなぁ」とか何とか、あのニヤニヤした笑い浮かべながら言ってくるに決まってるんだ。うるせぇよ、何で二浪する前提なんだよふざけんな。絶対現役で受かってやる。


ぺらり、と教科書をめくってみる。この膨大な量の白文。ぜんぶ書き写すだけでどれだけ時間かかると思っているんだろうか。その上これ全部、品詞分解して現代語訳するなんて。とてもじゃないけどやっていられない、分かるだろう。投げ出したくなる気持ちも分かるだろう。

「…わたしドリンクバー行ってくるけど何かほしい人」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ねぇ、せめてこっち見てくれない。お願いしますくらい言ってくれない。無言でコップつきだしてくるなよ。今4つのコップを前にわたし困ってるよ」

最近仲間たちからの扱いが輪をかけてぞんざいになってきた。泣くよ!?わたし、終いには泣いてしまうよ!?

「悪かったみょうじ、泣くな」
「さ、澤村…!」
「はいコレ、俺は烏龍茶を頼む」
「…ガッデム!」

よく考えろお前ら!澤村と菅原と東峰と潔子とわたし。5人だ。5人だよ?物理的に考えろ。両手使っても足りない。結論、無理だっつのこんにゃろー。

「だいたいみょうじ集中力途切れるの早すぎじゃない?さっきから10分経ってないよ」
「だってー!勉強いやだー、古文いやだー」
「…なまえ、うるさい」
「はぁ、潔子に叱られた…ちょっと嬉しい」
「………」
「やめて澤村、そんな目で見ないで」
「いいから勉強しろよ」
「勉強いやだー、古文いやだー!」
「だ、大地!抑えて、苛立つ気持ちもわかるけどここは抑えて!」
「えっさらっと菅原にまでイライラされてたことを知らされてわたしは悲しい」
「ちょ、ちょっと休憩にする?ほら、ちょうど3時だし」
「東峰…!もうわたしの味方は東峰だけだよ……!」
「あっこらへなちょこ!お前がそうやって甘やかすからこいつはなぁ、」
「すみませーん、チョコレートパフェひとつー!」
「話を聞け!」

澤村が基本的に優しいだなんて嘘だ。基本的に口うるさい、の間違いだ。みんな言葉の使い方を間違えている。

「どうやったら成績上がるかなぁ」
「勉強しろ」
「勉強しなよ」
「勉強しなさい」
「勉強したら?」
「…ですよね」

模試の結果は伸びない伸びない。そりゃあ勉強してなかったけれど。面白いくらいにいつだってDだ。だめだめ、の頭文字の、Dだ。あっ自分で言ってて悲しくなってきた!

こないだ模試が返ってきたとき東峰に結果を聞いてみたら「あんまり良くなかったよ」とか言って困ったように笑っていたので、あ、仲間だと安心したのもつかの間、すれ違うときにちらりと見えてしまった結果表にはBの文字が踊っていたからもう誰も信じられないと悟った。誰も彼も敵なのだ!これが世に言う、受験戦争なのだ!

「みょうじはさー、頭は悪くないんだからもっと集中力を持って勉強すれば絶対そのうち成績もついてくるべ?」
「そのうちっていつですか二年後ですか」
「何で二浪する前提なんだよ…」
「うああ月島が!月島がわたしを笑っているううう!」

あのニヤニヤ笑いが目に浮かんで本当にむかつく。あの生意気な後輩。騒いでいたら澤村にぽん、と肩に手を置かれた。

「そうならないように頑張ろうな」

何その笑顔怖いんですけど何!?何よ!?
本当に恐怖を感じたとき人は笑いしか出てこなくなるのだとわたしは初めて知った。そういえばいつだったか、日向くんも影山に対してこんな乾いた笑みを向けていた気がする。

「はい、ここな。お前がさっきまで写してた古文、品詞分解してみろ」
「ええええ…!どうして?何で今?」
「いいから」
「え…ええと……これが断定の助動詞で…でこれは格助詞でぇ…」
「…本気で言ってるのか」
「やだもう澤村こわい!ていうか今は休憩だって」
「こんな問題も解らないやつに休憩なんか必要ない!ほらみょうじこっち来い、一から叩き込んでやる」
「いらないいいいありがとうだけどいらないいい、助けてー!東峰助けて!!」
「……」
「あっ顔そらしてんじゃねぇー!」
「みょうじ黙れ、早くしろ」
「すみませんでした」

やだもう澤村こわい!一番味方してくれそうな東峰に助けを求めたらおどおどと目をそらされた。ちくしょうこのチキンハートめ!
びくびくしながら澤村の方を見る。だって何かすげぇ怒ってんだもん、だけど仕方ないじゃん古文苦手なんだもんこれはもはや日本語ではない第二外国語だよ!古文お前に国語とか名乗る資格ねぇから!まじで!!

だいたいさぁー、なんでわたしの古文の出来なさを澤村が気にするのかなー。自分の勉強しとけよなんてことをぶつくさ考えていたら、菅原が「みょうじ」とこっそりわたしの名前を呼んだ。なぁに、と聞いたらちょいちょいって耳を貸せというポーズをされたので貸す。小声で菅原が話し出す。

「なんで大地、みょうじに勉強させたがってるんだと思う?」
「えっうーん、わたしのだらしなさに腹が立ったから?」
「半分正解で半分ハズレってとこかなぁ」
「半分正解なのかよ」
「みょうじさ、大地とっていうか俺たちと志望校一緒でしょ」
「えっみんなもそうなの?」
「だからだよ」
「え?」

大地がみょうじに勉強させる理由。



「早くしろって言ってるだろ!」
「いった!何もデコピンしなくても…」
「あー、大地のデコピン痛いよなぁ」
「東峰って不憫だよね」
「ええっ!?」

くるりとペンを回す。隣でこの文について解説を始める澤村。あー、もう、何ていうかさぁ。

「おい、聞いてるのか」
「聞いてる聞いてる、すっごい聞いてる。これは形容動詞の活用語尾!」
「…よく聞いてるな。それから、これはここで一つの助動詞になって…」
「ふむふむ」
「……どうしたんだよ」
「え?」
「急に真面目になったから」
「失礼だ!わたしはいつでもやる気に満ち溢れているというのに!!撤回を要求する!」
「そんでここはだな、敬語の補助動詞だから」
「…はい」

澤村はわたしの言葉は無視して古文の知識をわたしに教えてくれて、菅原はにこにこしながら(にやにやと言った方が近いかもしれない)わたしたちを見ていて、東峰はいつものように何故かおろおろしていて、潔子はこんなに騒がしい中で一人冷静に問題集を解き続けてる。
他にいないよ。こんなに面白い奴ら、他になんていやしない。

すきだよ、君たちのことが。君たちと過ごすこういう馬鹿みたいな時間が。堪らなく、すきだよ。楽しいと思うよ。

そりゃあやる気だって出るでしょうよ。もう少し一緒にいたいな、なんてさ。こいつらと同じ大学に行きたいなぁ、なんてさ、思ってしまったものだから。

「ねぇ澤村、ありがとう」
「…今日はどうしたんだよ、やけに素直だな」
「失礼だな」

だけどその憎まれ口ももう腹も立たない。だって澤村がいつも口うるさいのはほんとはわたしのこと考えてくれてるからだってこと、わたし、知ってる。基本的には優しいっていうその評価、本当はちゃんと正しいんだ。

そういえば思い出したよ。今日の勉強会って召集かけたの澤村じゃん。らしくなさすぎて笑っちゃうよね。一人の方が集中できるとか言いそうじゃん、いかにも。潔子もさ、それに文句も言わずわざわざ出てきてくれてさ。菅原だって今日あんまり自分の分の勉強進んでないじゃんね。東峰は言わずもがなだけど。あー、わたし、みんなに心配かけてたんだなぁ、とかね。ごめんね、ありがとう。まだしばらく迷惑かけるけど。


勉強は相変わらず嫌いだし、受験いやだし、だけど、だけどね。君たちがいてくれるなら、これはもう百人力であると、胸を張って言えるのです。





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