小説 | ナノ 「菅原くん、おはよう」
「え?あ、みょうじ。おはよ」

階段の手前で菅原くんの姿を見つけた。駆け寄って後ろから声をかける。くるりと振り向いた菅原くんは少し歩くスピードをゆるめる。もしかして合わせてくれたのかな。優しいなぁ。

「みょうじも朝練終わり?」
「うん。菅原くんも?」
「そ。お互い毎日大変だな」

菅原くんはバレー部で、わたしは陸上部で。高3のこの時期は、どこの運動部も最後のIHに向けて練習が厳しくなる。朝もギリギリまで練習をすることが多くて、大抵教室へ向かうバレー部の面々と鉢合わせするのだ。バラバラに行くのも何だかおかしな話だから、と思って毎日一緒に教室まで行くうちに、わたしとバレー部のみんなはいつのまにかちょっと仲良くなってしまった。それまであまり接点もなかったというのに。人生とは何が起こるかわからないものだと、つくづく思う。

「澤村くんたちは?」
「ん、何か職員室に用があるとか」
「ふぅん、遅刻しないといいけど」
「あ、やっぱもう割と時間やばい?」
「うん、でもうちのクラスHR遅いし大丈夫じゃない?ゆっくり行こー」

そう言うと菅原くんはふわりと笑って、不良だ、と指差してきた。菅原くんこそ、と返すと確かにねとまた笑った。菅原くんの笑い方すきだなぁ、とぼんやり思う。

「今日1限何だっけ」
「えー…と、確か数学」
「えっ」
「…あ、もしかしてみょうじ課題やってきてないな?」
「わ、忘れてた……!どうしよう今日当たる日だ!間に合うかな…」
「仕方ないから菅原くんが見せてあげようか」
「………!菅原くん……!救世主!あとでなんかおごる!」
「お、まじで?うれしい」

そうか今日って数学あったんだっけ。いつもなら忘れたりしないのに、うっかりしていた。最近忙しくて、っていうのはやっぱり言い訳だよなぁ。だって菅原くんだって部活で忙しいのにちゃんとやってきている訳だし。頭が下がる。
数学の先生は怖い。課題を忘れようものならすぐに「お前受験生としての自覚はあるのか?」から始まるちくちくと嫌味のようなお説教コースだ。持つべきものは優しい友人である。菅原くん本当にありがとう。

ほい、と渡されたノートを受け取ってありがとうございます!と菅原くんを拝んだら大げさだよと笑われた。大げさではなく感謝しています。パラリと中を見ると菅原くんの字が几帳面に並んでいる。その少し角張った字に、何となく男の子だなぁ、なんて思った。


そうこうしているうちに、教室に着いてしまった。あっという間だったなぁ。教室に入る直前に、開いたままの窓から澤村くんの姿が見えた。澤村くんは廊下側の席だからよく見える。あっ澤村くん間に合ったんだよかったなぁと思いながら隣にいる菅原くんに、わたしたち澤村くんより遅く着いちゃったね、と笑いかけると。菅原くんは苦笑していて、わたしは少し首を傾げる。

あのね、と菅原くんがわたしの腕を引くから、二人して教室の前で立ち止まった。始業直前だからだれもいない廊下。なぁに、と尋ねると菅原くんがわたしの耳に口を近付ける。そんな場合じゃないのにわたしはちょっとどきっとしてしまった。そのまま菅原くんはこっそりわたしに耳打ち。ごめんね、

「さっきの、うそ」
「え」

さっきの?さっきの、って何のことだろう。不思議に思って菅原くんの顔を見ると思ったよりも近いところにあってびっくりする。心臓の音が、聞こえてしまうかもしれない。そんなわたしなんかお構い無しに菅原くんは少しだけ眉を下げて、笑った。

「ほんとは大地たち、職員室なんか行ってないんだ」
「…へ?」

突然のカミングアウトにわたしは首を傾げる。何で、とかどうして、とかそんな言葉が飛び出したら、菅原くんはほんとは俺が頼んで先に行ってもらってたの、と打ち明け話をするようにこっそりと話した。やっぱり意味がわからなくて、もう一度どうして?と尋ねる。

そうしたら菅原くんは、いたずらっ子みたいに口角をきゅっと上げて笑った。

「みょうじと二人になりたかったんだよ」


ハロー、メルヘン!


その瞬間にチャイムが鳴って、わたしが何か言う前に菅原くんに急げ!と言われて二人で教室に入った。そのときに引かれた手をびっくりして見つめていたらそれに気付いたのか菅原くんが慌てて「ごめん!」と言いながら手を離した。その顔が赤くなっていたのが可愛くて、手を離されたのも何だかちょっぴり残念で、唐突にわたしは理解した。とりあえず後で、わたしも二人になれて嬉しかったよってことを伝えてみようかなって思ったら、何だか心がふわふわするよ。

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