小説 | ナノ 振られちゃった、と、隣でつぶやく女。何て言ってやればいいのか分からなくてそうか、とだけ返した。うん、と日誌を書きながら言うその声は少しだけ、震えていて。馬鹿だなと思う。

「あのセンパイか」
「うん。彼女がね、いるんだって」

知っていた。知っていたんだ、俺は。俺だけは。

クラスメートが恋をした。出席番号が隣同士で、席も隣同士のそいつは毎日のように同じ部活の何とかセンパイについて話をしていた。今日も格好よくてね、それでね。それをあーハイハイそうですか、と聞き流すのが俺の毎日の習慣だった。

しばらくして、ある日、みょうじのすきな何とかセンパイが女と二人で帰る後ろ姿を見かけた。しっかりと手を繋いだその二人は、どこからどう見ても恋人というやつで。俺はぼんやりとそれを見ながら、アイツは泣くのだろうか、と思っていた。

「わたしね、告白しようと思うよ」

昼休み、みょうじがそう呟いたのが昨日のことだ。その決意に満ちた目を見ていたら、やめとけよなんて言える訳がなかった。いつものようにそうかと返して、それから。居た堪れなくなって頑張れよ、と付け足せば、がんばるよとゆっくり笑った。

だから、俺は、俺だけは。知っていたんだ最初から。みょうじは必ず振られると、知っていて背中を押した。最低な男だと言われてしまえばそれまでだけれど。

出席番号が隣同士な俺とみょうじは、今日は二人して日直だった。いつもなら放課後残って日誌を書くなどそんな暇があるなら部活に行くしみょうじもそれを咎めることはなかった、だけれど今日だけは。
放課後一緒に残って日誌を書いてやる、と言うとみょうじは珍しいね、と少し目を丸くした。それから気を遣ってくれているんでしょう、と、ゆるやかに笑う。ありがとう、と微笑むその目はやはり腫れているから、少しだけ、胸が痛む。

「影山、ごめんね、いつも応援してくれてたのに」
「はぁ?馬鹿かおまえ」

おまえには、あれが応援に見えていたのか。何とかセンパイは今日も格好よくてね、そう一方的に言われた言葉を受け流すだけのあの作業が、応援だというのか。それを本気で言ってんだとしたら、おまえは本当に、阿呆だ。大馬鹿野郎だ。なんにも分かっていない。

「今日の欠席は、ええと…」
「板倉」
「お、ありがとう」

失恋した話をする傍らで日誌の空欄を埋めていくみょうじを見ながら、あとどれくらいで空欄が埋まりそうか、計算する。こいつ普段どれくらい真面目に書いているんだろう。いつも任せっきりで、ろくに日誌を見たことすらないことに気が付いた。悪かったな、と少しだけ、思う。

すん、と微かにみょうじが鼻をすすって。誰もいない教室にその音が響く。泣いてんのか。

影山から見たら馬鹿みたいだったかもしれないけどさ、それでもちゃんと恋だったんだよ、とぽつりと呟きが落ちた。知ってた。知ってたよ、馬鹿。おまえはずっと、あの何とかセンパイのことしか見てなかっただろうが。声が震えていることに気が付いてしまったら、もうどうしようもなくなって、隣にいるその髪の毛をぐしゃり、混ぜてやった。

「うわっ、ちょっ、いきなり何すんの!」
「…見る目がねぇよ」
「!…だよね、わたしこーんないい子なのに振っちゃうなんて」
「そんな男を選ぶなんて、見る目ねぇよ」
「えええ、まさかのそっち。わたしが悪いんですか」
「……俺にしとけばよかったのに」

その頭を掴みながらみょうじを見やると、きょとん、とした顔のみょうじと目が合う。ちっせぇあたま。だけどそれからゆるりと目を細めて、ありがとう影山は意外と優しいよね、とか何とか、笑うから。

だから。だから見る目がねぇっつーんだ、おまえは。何でこれが優しさに見えんだ、おまえの目は節穴か。馬鹿だな。ほんとに、馬鹿だよな。


馬鹿なおんな。なぁ、せめて次は幸せになれよ。こんなにずるかった俺にもありがとうなんて笑う、心底馬鹿なおんな。おまえはやっぱりなんにも分かっちゃいない。涙でぐしゃぐしゃにしたブサイクな顔でおまえが笑うから、こっちが何でか泣き出しそうだ。馬鹿。頼むから、幸せになれよ。



ミッドナイトブルーに溶ける



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