小説 | ナノ ※未来 多分社会人




ああどうしよう。初めて二人で一晩を過ごした次の朝、ふと目が覚めたら隣で眠っていたはずの彼女はいなくなっていて。ぽっかりと空いた布団の隙間を、まだうまく働かない頭でぼんやりと見つめていたらふと懐かしい匂いが漂ってきて。何でこんなにほっとするんだろうとか考えたらそれは味噌汁の匂いだったりして、布団を抜け出してキッチンへ向かえばコンロと向かい合っていたエプロン姿の彼女がこちらを振り向いて「あ、起きた?」なんて笑う。本当にベタなシチュエーションで、こんなこと現実に起こるんだなぁとか頭の中の冷静な部分は考えてるのに、何だか涙が出そうなくらい幸せだと思った。

「台所、勝手に借りちゃった」
「それはいいけど。今日、なまえも休みでしょ?もう少し寝ててもよかったのに」
「早くに目が覚めちゃったの」

起きたなら朝ごはん食べようか、今ちょうどできたとこだよ、と彼女はコンロの火を止めながら言う。炊飯器のふたを開けて、しゃもじを手に取ったところで「あっでもさすがにお茶碗は二人分ないかな」と気付いたように慌て始めた姿は可愛らしくて、思わず笑ってしまった。

「あるよ、二人分」
「えっ」

はい、と自分のものとそれより一回り小さなそれを食器棚から出して手渡せば、喜ぶかと思っていた彼女はありがとう、と呟きながら少し複雑そうな顔をしていた。何でそんな顔、と考えたところで思い当たった理由に、彼女を思いきり抱きしめてしまいたくなった。ああもうどうしよう。愛しい。どうしてこんなの二つもあるの、と普段から解りやすい彼女の表情にはハッキリとその疑問が表れているから、にやけてしまう口元だってもう仕方がないと思う。ばかだな。君のために、今日のために、買っておいたんだよ。一人でわくわくしながら色違いのもの選んでさ。馬鹿みたいだろ?君が喜んでくれる姿、想像したりしてたんだ。
なだめるように彼女の耳元に唇を寄せて、新品だから安心して、とささやけばとたんに彼女の顔が真っ赤に染まる。

「べ、べつに、気にしてないよ」
「というか、女の子で家に入れたのはおまえが初めてなんだけど」
「………ふーん」

べつに気にしてないよ、ともう一度言ってみせるその表情はもうさっきまでとは違ってひどく機嫌がよさそうで、まったく解りやすいよなぁと苦笑してしまう。
二人でご飯よそって、食卓に料理並べて、向かい合っていただきますを言い合った。こんなに豪華な朝ごはん、いつ以来だろうか。手を合わせてから箸を手に取ってその柔らかな白米をゆっくり口に入れる。味噌汁も、焼き魚も、卵焼きも。

「…うまい」
「ほんと?よかったぁ」
「うまいよ、ほんと」

何か口にしないと何でか涙が溢れてしまいそうだったから、うまいよって何回も言った。だって眩しくて。窓から射し込む朝の光も、目の前で嬉しそうに微笑んでる君も、ぜんぶやたらと綺麗に見えて。何でか泣いてしまいそうだったんだ、目眩がするほど幸せで。

「いい天気だね」
「どこか出かける?まだ早いし」
「それもいいね」

あたたかい味のする味噌汁をすすりながら会話して、会話の内容なんか本当はどうでもよくて、今日の予定も。どうでもよくて。ただ、この朝を、二人で過ごしているというその事実がとにかく心地よかった。

ふと彼女がこらえきれないように、ふふ、と笑った。あまりに自然に、柔らかく、目を細めて口元を綻ばせた笑顔に思わず一瞬見惚れる。ひどく穏やかな表情だった。どうしたの、と訊ねると、うん、何だかね、とゆったりとした口調が返ってくる。


「しあわせだなぁって、思ってね」


ああもう。

どうしろっていうんだ、そう思ってたのが自分だけではなかった、ということがとにかく愛おしい。俺だって、おんなじこと思ってたよ。隠しようもないこの感情をのせた自分の顔はもう人には見せらんないような表情に違いない。すきだ。すきだなぁ、こんなにも。

ねぇ、やっぱり今日は出かけるのやめにしようか。一日中ふたりきりでさ、ゆっくり過ごそう。ごちそうさまをしたらコーヒー淹れてあげるから。甘党の君のために、砂糖とクリームたっぷり入れて。ふたりで体温分け合って、ないしょ話をいくらでもしたい。眠くなったら肩を貸してあげるから、ふたりでずっと一緒にいよう。君はきっと夕飯にグラタンを作ってくれるから、手を繋いで買い物に行こう。ああでもほんとはこんなん全部どうでもよくて。今日の予定なんか。ただ君が隣にいてくれることだけで、こんなにも、


ねぇどうか、幸せになって。俺のとなりで。どうかどうか、笑っていて。出来ることならいつまでだって。誰よりもしあわせになってください。おねがい、俺の、いとしいひと。


幸福の組成式


title にやり

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