クラスに「不思議ちゃん」と呼ばれる女の子がいる。いつも物静かで、休み時間は専ら文庫本を読んでいる大人びた眼鏡の女の子だ。放課後はよく図書室や町の図書館なんかに居るらしい。それだけならば只の絵に描いたような文学少女だけれども、彼女は「不思議ちゃん」と呼ばれる。いつも彼女は一人だった。他のクラスの女子は休み時間毎に集まっては楽しそうに会話をする。でも彼女はいつも一人、そして本人も一人であることを然程気にしていないようだった。いつも、彼女の周りだけが時間が止まっているかのように静かだ。

「篠宮さんまた一人ぼっち」
「友達いないんでしょ」
「不思議ちゃんだもんね」

くすくすと遠目から彼女を見て嗤う女子。聞こえているだろう彼女は全く気にしていないようだったけど、俺はそれを聞いて不快に思った。

「ねぇ、何読んでるの?」

先程彼女を嗤っていた女子たちが息をのむ。少しだけ、教室の雑音が小さくなったような気がした。手に持つ文庫本から視線をあげ、俺と彼女の目が合う。少し気だるそうな彼女の瞳は綺麗だと思った。俺は彼女の机に腕を置き、腰を下ろす。彼女を見上げる形になる。少しだけ、吃驚した様子だった。そりゃあそうだ。クラスメートとはいえ、殆ど会話をしたことがない男に突然話しかけられたのだから。でも、俺はそんなことはお構いなしで話しかける。

「俺、本読むの好きなんだよね」

大嘘吐きだ。本なんて、国語の教科書で十分だ。でも、それくらいしか彼女と話せる話題がない。だから俺は嘘を吐く。でも、彼女の瞳を見ていると、総て見透かされているような、嘘を見破られている気になる。

「おすすめの本とか教えてよ。あ、知っていると思うけど俺の名前は及川徹ね。去年も同じクラスだったから覚えてるよね?篠宮さん」
「え、と…うん。…及川君」

よかった、「記憶にない人」だったら流石にへこむところだった。俺のことを知らない女子はほぼ居ないとは自覚している。でも、彼女は驚くほど周りに無関心だから。

「ね、友達になろうよ」

我ながら子供だと思った、そんな台詞。少し間をおいて「…うん」と頷いた彼女を見て、俺は嬉しくなった。







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ようやく中学生になった。鬱陶しい小学校からの卒業を心から喜んだ。あと3年間苦痛の生活を耐えれば夢の女子高生だ。子供っぽいと思うけど、高校デビューと言うものに大変憧れている。義務教育なんてゴミみたいだ、そんなレベルまで行っている。そう、私は早く大人になりたい。高校生になって、大学生になって、社会人になって…。誰もが通る道を私は早く行きたかった。でも時間の流れは平等で、そんなすぐには大人になれない。だからそれまでは省エネ生活をしていこう。そう心に誓い、1年が経過した中学2年の事。中学の1年間で何故か私のあだ名が「不思議ちゃん」になっていた。只管本を読んでいただけなのにどうしてそんなあだ名が付いたのだろうか。せめて「文学少女」とかが良かった。「不思議ちゃん」ってなんだ。友達づくりをしなかったせいなのだろうか。でも、周りの女子のように私は出来ない、グループ作ってどこ行くにも一緒で…耐えられない。どうしてああ女子は群れようとするのだろうか。わからない。

「ね、友達になろうよ」

クラスのイケメンボーイ(割と校内では有名人らしい、知らないけど)が私を見上げる。何故こうなった。女子の視線が痛い。平穏が崩れる音がする。せめて高校生になってからこういうイベントを発生させてほしかった。中学でこんな甘酸っぱくなるようなフラグイベント望んでません。でもそんなこと言えるわけもなく、私はただ彼の言葉に頷くだけだった。グッバイ中学省エネ生活。嬉しそうな顔をする「及川君」に唯乾いた笑みを浮かべるだけだった。

これが「中学時代」で唯一私の領域に入り込んだ人間だった。


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