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「聞いてない」
「おー!どうした不知火!」
「帰る」
くっそぅ。木兎がバレー部とか聞いてないぞ。噂のイケメン君を見に体育館を覗いたら同じクラスの木兎光太郎が居た。帰る、もう帰るイケメンなんて知るか。
「えー!なんでだよなんでだよ!折角来たんだか」
「黙りなさい、黙らないとその五月蠅い口糸で縫うわよ」
「……」
「よし、いい子」
じゃ!と木兎に背を向けるとガシッと肩を掴まれた。「むーむー!」と口を閉じながら声をあげる。あんた、それ五月蠅い。すちゃっ、バッグの中からソーイングセット(全く可愛げがない、恐怖度倍増)を取り出すとガタガタと震えだした。面白い。
「木兎」
「……」
「私アンタには口縫ったことないでしょ?」
「アンタ"には"!?」
「あ、喋ったわね」
「…!」
何あの恐怖政治、と誰かの声が耳に入った。失礼な。その通りよ。何を隠そうこの私、熱血系男子が苦手。特に木兎が超苦手。弄ると面白いんだけどね。
「まぁ良いわ」
「不知火は」
「は?」
「不知火様は何しに来られたのでしょうかッ!」
「五月蠅い」
「理不尽!」
勢いよく木兎の頭にチョップを入れた。面白い髪形が真っ二つに割れる。そして私の手と木兎の頭に大ダメージ。私は手を、木兎は頭を押さえて痛みに悶える。阿呆か私は。
「もー!お前何しに来たんだよ!俺いじめにきたのか!」
「そうだって言ったら?」
「いじめダメぜったい!」
「大丈夫、木兎なら」
「何を根拠に!?」
このやりとり、飽きてきたわ。「じゃ、今度こそ帰るわ」と出口へ向かう。「マジで何しに来たんだー!?」という叫び声を背に、私は体育館を後にした。ほんと何しに行ったんだ私は。ハァ…と溜息を吐き歩き始めると向こう側からジャージを着た男子生徒が歩いてきた。お、イケメン。
黒髪でひょろっとして…て?うん?あれが目の保養イケメン君じゃない?あまりまじまじと見るわけにもいかず一瞬だけ見て横を通り過ぎようとする。ぴたり、イケメン君が立ち止った。
「こんにちは」
「……こんにち、は?」
「いつも木兎さんがお世話になってます」
お前さん、木兎の親か。ぺこぺこと頭を下げるイケメン君に呆然とする。「は、はぁ…別にお世話してませんが」と私も頭を下げる。
「是非とも教えてほしいものです」
「…なにを?」
「恐怖政治の仕方を」
下剋上でもする気なのだろうか、このイケメンは。大丈夫、木兎程度ならすぐ出し抜けるさ。あと恐怖政治恐怖政治言うの止めて。
「部活、頑張ってね」
「はい、木兎さんのお守り頑張ります」
違うそうじゃない。いや、そうだけどそうじゃない。ヤツの部活事情は知らないけど多分違う。「…ああそう…」とだけ言って私は横を通り過ぎた。
「不知火先輩」
「はい?」
「俺の名前赤葦京治って言います」
「はぁ…」
「覚えといてくださいね」
それじゃあ、と赤葦京治君は体育館へ向かう。…あのイケメン君は赤葦京治君と言うのか、ふーん。確かに目の保養でした。我が友は私の好みをよくわかっておいでで。でもまぁ今後会うことは殆ど無いだろう。
「そういえば、なんで私の名前知ってたんだろう?」
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