朝の早さを物ともせず、早朝ロードワーク中に本条はひょっこりと現れる。「おはよう、白布君」と近付く彼女の姿に溜息を吐く。春先と言えども、まだ肌寒いというのに本条はいつまでたっても寒そうな格好で外に出てくるのだ。

「本条」
「さ、走りましょう」

え、と言葉が詰まる。走りましょう?本条も走るのか?その格好で?みるからに部屋着であるし、靴だって…まさかのこの時期のサンダルだ。というか素足なのか…。見てるだけで冷えてくる。

「走るのはいいけど、家に戻ったらちゃんと汗ふけよ。そのままにしてたら風邪ひくからな」
「大丈夫よ、風邪は馬鹿がひくものだわ」

俺の中でお前は大馬鹿者だよ。そんな事を思いながら、ゆっくりと、俺達は駆け出した。数分後、遥か後ろに居る本条を見て「ああ、だろうと思った」なんて思いながら俺はゆっくりと走り過ぎた道を戻るのだった。





▽△▽



「……おはよう、白布君」
「ああ、2回目のおはよう。やつれてるぞ」
「自分が運動不足だということに今日漸く気付いたわ」

まぁあれだけ勉強漬けで、まったく運動するイメージの無い本条だ。当然と言えば当然である。…200メートルもしないうちに根をあげるとは流石に思っていなかったが。疲れてたんなら別に一緒に登校しなくてもいいんじゃないか?俺は朝練行くけど本条は別に用なんてないだろ?と聞くと本条は口をもごもごさせた。

「…いやなら、いいわ」
「嫌じゃないけど」
「じゃあ気にしないで。私が好きで朝この時間にこの道を歩いてるだけなんだから」

まぁ俺は別にいいんだけど。この時間は、割と好きだし。ただ、なんとなくよろけながら歩く本条を複雑に思う。「ちょっと、明日はジャージ着てちゃんと運動靴履いて行くわ」なんて言う本条をやんわりと止めた。本条の苦手部類だ、無理するな。


「私の苦手な科目は体育よ」
「だろうと思ったよ」

そんな会話をしていると、横を誰かが通り過ぎた。あ。と声を上げようとして慌てて口を噤んだ。牛島さんだった。指定のジャージを着て、ロードワーク中だろう。速い、兎に角ペースが速い。「あれくらい走れたらいいのにね」なんてぼやく本条に「いやあれは無理だ」と口を出した。俺だって無理だ。いつの間にか姿が見えなくなった牛島さんに小さく息を吐いた。良かった、本条が牛島さんの顔を憶えてなくて。いや、それもどうかと思うが。ちらり、本条の表情を窺うが、いつも通りだった。

「どうしたの?」
「いや別に」

まってー!若利く―ん!!と横を通過する人。ぎくり、身体が固まった。先輩達、この時間に走り込みしてるのか…ではなく。ゆーっくりとまた本条の表情を窺うが「朝から元気ね」と言うだけだった。牛島さんの下の名前知らないのか。良かった。通り過ぎた人が「アレ?」と足を止め後ろを振り返った。

「昨日入って来た白布賢二郎君?」
「あ、ハイ。おはようございます先輩」
「朝早いねー!俺は今日たまたま早く行ったら若利君に捕まったんだけど。隣の子は、女王様だ」

女王様?本条は顔を歪ませていた。その様子に「ごめんごめん!本条さんだよねー!」と先輩が笑う。

「俺2年の天童覚!本条さんはうちの妹と同じクラスだよね」
「……え、天童さんの...お兄さん?」
「そうそう!あいつ本条さんと仲良くなりたいらしいから、よかったら仲良くしてやってよ!あと白布君!」

ビシッと指を指される。なんだろう、この天童先輩とやらのテンションについて行けない。隣の本条もたじたじである。

「な、なんですか」
「頑張って!」
「はい?」
「うちの妹、ちょっとアレなところがあるから!頑張って!!」
「…はぁ…?」

じゃあ俺行くから!と天童先輩は走り去った。暫くの無言の後「…行きましょうか」という本条の言葉に俺達はまた歩き始めた。


「天童先輩の妹って…昨日の、壁に隠れてた」
「ええ、多分天童さんでしょうね。同じクラスに天童はあの子しかいないし」
「何を頑張れって言うんだ…?」
「さぁ…?」

その時はまだ天童先輩の妹の性格なんて、まったく理解なんてしていなかった。

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