冬は過ぎ去ったというのに、酷く身体が凍える。震える俺の手を取り、今にも泣きそうな表情で藤乃は俺を見る。

「飛雄、」

ね、私が飛雄の支えになるよ。今度こそ、私頑張るから。弱弱しく俺の手を握る藤乃は震えていた。
誰に、何を言われたのだろうか。きっと、余計な奴らが余計な事を言ったんだろう。本当にくだらない。そう…分かっているのに俺は、こいつを切り離す事は出来ない。
手放すべきなのに。でないとこいつはもっともっと傷つく。そう、こんな形は間違っている。理解は出来ている、でも俺の身体は、俺の心は拒否した。ゆっくりと、藤乃の頬に手を伸ばした。



▽△▽


少し前までは、飛雄も素直でいい子だった。ただただバレーが大好きでボールばっかり追いかけて、口を開けば「バレーやりたい!」だった。それがいつからだろうか。苦しそうにバレーをするようになってしまったのは。中学最後の試合、彼が上げたトスに誰も触れようとしなかった。トントン、と床に落ちるボール。飛雄の表情。こうなる事は、予想で来ていた筈、だったのに。私は、何もできなかった。

彼の心がボロボロになってしまった。

こうなってしまったのは、一体誰のせい?
疑問だけが頭を駆け巡る。1年の頃、頑なに飛雄を拒み続けた及川先輩のせいだろうか。飛雄の才能を嫉んだ人たちのせいだろうか。飛雄を切り捨てた、チームメイトのせいだろうか。それとも――なにも出来ずに見ているだけだった私のせいだろうか。痛々しい飛雄を見る事が出来なかった。





中学最後の試合の直前、苛ついたバレー部員が私に言った。

「お前、影山の幼馴染なんだろ?何とかしろよ!」

アイツのせいで!そう私に、殴りかかるように怒鳴り散らすバレー部員を金田一君と国見君が必死に抑えた。
私に、どうしろというのだ。一緒にバレーする訳にもいかない。そもそも私なんか全く見ていない飛雄に、私はどうすればいいんだ。心配そうに私を見る国見君に「大丈夫だよ」としか言えなかった。とても、大丈夫ではなかったけれど。

ねぇ、どうしたら一番最善?

考えた結果、今度こそ私は飛雄の支えになろうと決めた。腕を振り払われようとも、今度こそ私は飛雄から離れないようにしなきゃ。




▽△▽


「最近さ、高槻影山と一緒に居るよね」

気だるそうな国見君が言った。どの部活も3年は引退している為、いつもはもっと少ない筈の休み時間の教室に人がたくさんいた。国見君もその一人。「金田一君は?」と聞くと「あいつバレー部にちょっかい出しに行った」とつまらなそうに答えた。金田一君も、バレー大好きだもんね。

「国見君は?」
「えーいいよめんどくさい。せめて高校まではゆっくりさせて」
「ははは、相変わらずだね」
「ていうか俺の疑問は無視?」

うーん、と私は悩む。形容しがたいのだ。今の飛雄と私の関係は。悩んだ末出た答えが「…うーん、と…飛雄と付き合うことになった、のかな?」だった。え、と国見君の動きが止まる。目線を泳がし数秒後、やはり「え?」という声しか出なかった。


「え、どういうこと?」
「なんか付き合うとはちょっと違う気がするんだけど…今度こそ私は飛雄の傍から離れないって決めたの」
「ねぇ、高槻が気にする事じゃないと思うんだ。あれは影山が悪いし、それを正そうとしなかったバレー部全体が悪かったんだ。あの時のうちの部員の言葉は何も気にしなくていい。だって高槻は」
「何も、悪くない?そんなこと、ないよ」

私が悪くないなってこと、ない。だって私はずっと飛雄の事を見ていたのだから。こうなってしまう事を予期していて、それでも私は何もできなかった。


「あのさ、高槻…飛雄の事――」

その言葉に息が詰る。私は、私の事を悟られないようにしなければいけない。せめて、飛雄が立ち直るまでは。でも、どうにも国見君には見透かされているような気がした。



「…まぁどうでもいいけど。あんまり無理しない方が良いよ」
「うん、ありがとう」
「でも影山どこの高校行くんだろ。アイツの事だから白鳥沢かな」
「…推薦来てないって言ってた気がする」
「じゃあ青城?」

どうだろうか、青城って及川先輩とか…北川第一の子達が殆ど行く学校だよね。…それは、飛雄にとって、きっとよくない。


「おーい高槻、影山が呼んでる」
「あ、ありがとう」

ごめん国見君、ちょっと行くね。と私は席を立った。じっと私を射抜く国見君の瞳は、何もかも見透かされているようで怖かった。




▽△▽


俺が言えた義理ではないが、本当にあいつらは馬鹿だと思う。なんで、高槻が無理をしなければいけないんだろうか。引き金を引いたのは俺達で、それを何とかしようとしている高槻に何かを言える資格はないんだろうけど。本当に、馬鹿だ。


「めんどくさい…」

色々と頭のなかに考えが巡る。仕方がないのだ、部活が無いとやることが無いんだから。引退すると暇で暇で仕方ない。かといって金田一と一緒にバレー部に顔を出す気力は無い。



「国見君、部活ないんなら帰ればいいのに」

放課後まで机で寝なくても…と高槻は苦笑した。


「高槻はなんでこんな時間まで?」
「飛雄の補習待ち」
「…こんな時期までテストの補修受けててアイツ大丈夫なの…?」


あはははは……だめ、なんじゃないかな。なんてすごい小声で言った。その言葉に俺は吹き出す。あーあ、本当馬っ鹿だなぁ…。

「じゃあさ、影山が来るまで話し相手になってあげるよ。塩キャラメル1個で」
「国見君ちゃっかりしてる…!ちょうどあるし、あげるけど…話は別に」
「良いよ、俺が喋りたいだけなんだから」

国見君が珍しい…なんて高槻が呟く。気が向いたからだよ、別に高槻の為なんかじゃないよ。これは、自分の為なんだから。馬鹿ばっかり。影山も高槻も、俺もさ。


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