近づくのが、とても怖いのです。


入学式から早1週間、少しずつ高校生活に慣れ始める。相変わらず私のケータイは鳴りっぱなしだし、黒尾先輩がしょっちゅうクラスに来ては私をバレー部のマネージャーを、と勧誘し続ける。今日も昼休みに黒尾先輩に捕まった。

「あかりちゃーん、もう1週間だぜ?もうそろそろ折れてくんないかな?」
「いや」
「頑固だねェ…音駒マネージャーいないからほんと募集中なの」
「他の人引っかけて」
「引っかけとか言うな」
「リエーフ君」
「黒尾先輩あかり嫌がってるんでやめてください!」
「お前は俺の味方だと思ってた…」
「俺はあかりの味方っす!」

でも、ほら部活にあかりちゃん居たらお前頑張れるだろ?そりゃあいつもよりは頑張れますけど…。
そんな不穏な会話を余所に私はラインを送る。勿論夜久先輩にである。


<黒尾居ないけどそっち行った?>
<います。目の前>
<いまどこ?>
<1年の廊下です。電柱怖い>
<おk今そっち行く。がんばれ>


きっと数分もしないうちに夜久先輩は来てくれるだろう。夜久先輩は私のヒーローである。敵は黒尾先輩。リエーフ君はたまに言い包められて敵になる。

「あかり!」
「……いや」
「まだ何も言ってない!」
「黒尾先輩の悪い顔でなんだかわかった」
「言うねあかりちゃん」

ガシッとリエーフ君に両手を掴まれる。きらきらとした目、「あかり!バレー部のマネ…っ!?」ガクンとリエーフ君が後ろによろける。黒尾先輩が「げっ」と声を漏らした。

「お前らいい加減及川にちょっかい出すのやめろ。特に黒尾。嫌がってるんだからいい加減にしろ」
「だって夜久、お前だってあかりちゃんマネしてくれたら嬉しいだろ?」
「それとこれとは話が別だ。嫌がる人間入れてどうする」

ごもっともな事を言う夜久先輩に黒尾先輩は言葉を詰まらせた。溜息を一つ零すと私の頭を撫でた。

「あかりちゃんはさ、なんで嫌なの?」
「黒尾先輩がいやです」
「えっ」
「冗談です」
「…1週間でおどおどしてたあかりちゃんが先輩にきっつい冗談言えるくらいに成長して俺は嬉しいよ。心は痛いが」
「俺が教えた」
「夜久てめぇ」
「……バレー、苦手です。兄が大好きなものだから」

徹が大好きなものに、私は近づけない。怖い、怖い、怖い。バレーをやらないにしても、マネージャーなんてやったら、今度は何を言われるか。3人は顔を見合わせる。

「例えば、あかり兄がバスケ部だったら、あかりちゃんはマネやってくれた?」
「…悩みますが、たぶんやります。リエーフ君も夜久先輩も、私好きですし」
「あれ、俺は?」
「徹…兄がバレーをやってるから、私はバレーには近づきません。これ以上、とおるに何か言われるのいやです、から」

前に、一度だけ少し興味があって岩泉さんに教わった。ほんの少しだけバレーに触れて、その場面をうっかり、徹に見られた事があった。…あの時の徹の目は忘れられない。冷たい目を向けられて、私は岩泉さんにボールを押し付け逃げた。目が怖い。いくら徹に暴言を吐かれても、あんな目は見た事がなかったのだ。だから、私はもうバレーには近づかない。

「ふーん」

そっか。じゃあ仕方ないな。
随分あっさりと黒尾先輩は引き下がった。その様子に夜久先輩もリエーフ君も驚いていた。

「あと、さ。あかりちゃん夜久に言いたい事あるでしょ」
「…え」
「俺?」
「今ので、それが何なのか理解したけど。言ってみ?」
「………夜久さん、「及川」って呼ぶの、やめてください…」

今までは、名前を呼ぶ人間が居なかったから気にしていなかったけど、「及川」と呼ばれるのに違和感があった。違和感と言うか、罪悪感というか。「及川」は徹の事を指しているから。

「よし分かった。一旦マネの件は諦めるわ。夜久もあかりちゃんのこと名前で呼べ」
「…善処する」
「あかりちゃん、ちょーっとケータイ貸して?」
「え、はい」

ケータイを渡すと、私以上に手慣れてケータイを弄る。そして黒尾先輩が何かをメモする。なんだろう、取る様なデータは何もないけれど。「はい、ドーモ」とケータイは手元に帰って来た。

「黒尾先輩?」
「別に個人情報抜き出しとか…は一応しちゃったけど気にすんな」
「え」
「じゃあ、また来るなあかりちゃん」

黒尾先輩は頭をぽんぽん、とたたくと行ってしまった。

「及か…じゃなくて、あかり?」
「あ、やっぱり無理しなくても」
「いや、多分慣れるから待ってくれ。黒尾の事だけど、多分絶対余計な事するけどお前の事を思っての事だから」
「……?」
「俺もさ、あかりがマネやってくれたらなー、って思ってるよ」

じゃあな。と夜久先輩は黒尾先輩を追いかけて行った。リエーフ君が「…なんの話?」と聞いてきたが「私にもよくわからない」と返した。


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