Obstinate Rose.




運転席に座る土岐に何か違和感を覚えて榊はふと目線を向けた。
たまには息抜きにでも行こうと、東金が持ってこさせたという土岐の車でドライブをしていたのだが、先ほど海岸沿いの路地に車を止めてからというもの、あきらかに土岐の態度が急変した。いつもの享楽さは変わらないものの、会話はどこか素っ気なく早く終わらせようとしているようにも感じられる。何か土岐の機嫌を損ねるようなことをしただろうかと、榊はドライブの発端から今に至るまでを思い返してみるが特に思い当たる節はない。

「日ぃも暮れてきたし、そろそろ帰ったがええな」

険悪な雰囲気を断ち切るように、土岐が唐突に口を開いた。

「ちょっと待った。土岐、俺に何か隠してるだろう?」
「さあ、何のことやろ」
「すぐにばれるような嘘はつくなよ」
「……」
「土岐」
「……榊くんには言いとうない」
「ここに俺以外の誰かがいるとでも?」
「いやいや、そういう意味やないやろ…」

わざとなのか、榊に聞こえるように盛大に溜息を吐き出した土岐が、脱力しながら深く座席に腰を預けた。
車内には運転席に座る土岐と助手席に座る榊のふたりしかいないというのに、この他人行儀っぷりはなんだろう。出会ってからもうひと夏が終わろうとしているのに、互いに干渉しすぎない距離は一定のまま。いい加減打ち解けてもいいだろうと思う。

「なあ土岐、いい加減俺に頼ってくれないかい?」

その言葉に土岐はピクリと眉尻を寄せ、わざと榊を視界から外すように瞳を逸らす。

「ま、素直じゃない君もかわいいけどね」

榊が土岐の方へと身体を乗り出すと、振動で車体が揺れた。土岐は近くなった榊の気配から遠ざかるべく顔を反対側に向け、意地でも答える気はないらしい。
土岐の意固地なところは嫌いじゃない。むしろ従順な子よりからかい甲斐があってかわいいじゃないか。榊は口元に笑みを作って、さてどうしてやろうかと思う。藤色の髪の間から遠慮がちに覗いている耳はほのかに赤く染まっている。細い髪が落ちる襟の隙間からは、日に焼けてない真っ白な首筋が――。そこに噛みついて痕を残したら、さぞ綺麗に赤く染まるだろう。または、きつく吸い付いて、愛の印をつけるのもいい。

「さて、土岐はどちらが好みかな」
細い髪を左右に払い、白いうなじを舌で舐めた。
「ひゃ!?なん……!?」
次いで柔らかい肌を唇で挟み、軽く歯をたてる。
「いっ……ッ!……ちょお、急に何やの!」
「こうでもしないと無視するだろう?」

ようやく振り返った土岐の瞳を捕えて榊は満足そうに笑い、おまけにと固く結ばれた唇にキスを落とした。逃げようとする土岐の首筋に腕を回して、もがく土岐を引き寄せる。てらてらと光る唇をなぞるように舐めて、微かに開いた所にすかさず舌を差し入れた。咥内で逃げる舌を捕えると、逃すまいと絡め合う。その度に性的な水音が響いて、身体の奥の方でどくりと熱が疼いた。
もっと深く、相手の心情までも探れるように、引き寄せるために土岐の首筋へと滑り込ませた手のひらがじわりと熱い。汗をかいたのか触れた肌は微かに濡れていて、榊はふと我に返ったように唇を離した。

ふたりの荒い呼吸音が響く。土岐は、急に終わりを告げた接吻に潤んだ瞳で困惑の表情を浮かべている。それに思わず微笑みそうになったが、榊は緩んだ口元をきつく結んだ。笑えないだろう、こんなの――。
榊が大きくため息を零すと、それに対する苛立ちか眉尻を寄せた土岐が双眸で榊を捕らえてくる。今にも不服を訴えんばかりのその唇を阻止するように塞ぎ、土岐の上に覆いかぶさるように体勢を変えた。

「んんっ!ふぁ……」
運転席側のシートの隙間に手を伸ばし、レバーを探り当てると土岐が座っているシートを押し倒す。
「んぅ……はっ…、う、わっ!?な、なん…?」
ガクンという音と共に倒されたシートに押し倒された土岐は驚きで目を見開き、大きく肩で息をする。ちょっとやりすぎただろうか、榊は軽い罪悪感に駆られて荒い呼吸をする土岐に「ごめん」とひとこと謝罪を入れ、乱れた髪の上から額に手を宛がった。


「……やっぱり、少し熱っぽいね。体調悪いんだろう?俺のことは気にせず少し眠りなよ」

きっと――いや、確実に、この態度の変化は体調不良のせいだろう。土岐に触れてからでないと気づかないなんて――、榊は自責の念に駆られながら汗で額に張り付いた髪をそっと払った。この状況が東金だったら、土岐の変化にすぐに気づけたんだろう。きっと自分の事には無頓着な本人よりも早く。そんなことが容易に想像できて、それでも埋めようのない時間の差はどうあがいたって変わらないのだと、いつも思い知らされる。

「……そんなに睨まなくてもいいだろ」

土岐は先ほどとは違う意味で双眸を見開いて、しかしまたすぐに眉尻を寄せ、きりりと睨む視線が榊に突き刺さる。

「絶対に嫌や、寝らん」
「本当に頑固だね」
「頑固で何が悪いん」
「なら眠らなくてもいいから、帰る前に少し休憩しよう」
「そんなに遠くないんやし、帰るくらい平気や」
「何かあってからじゃ遅いだろ?それに君の平気は信用できない。俺が運転代わってやれればいいんだけど、そうはいかないしね」
「ふふっ、榊くんが運転できたとしても絶対乗りとうないなー。意外と不器用やったりして」
「免許取ったら一番に乗せてやるよ」

相変わらず減らず口はお互い様だ。しかしこうして舌戦できるということは、そこまで体調が悪い訳ではないのだろう。榊は小さく安堵の笑みを浮かべて、先ほど貪った土岐の唇を指の腹で撫でた。薄いピンクの、女ほどではないが男にしては柔らかみのあるそこは少しかさついていて、喉が唾を飲み込んで上下する動作にふと目が行った。

「ああ、水分は摂った方がいいな。何か飲み物買ってくるよ」

榊はポケットに財布があることを確認し、ギシッと車体を揺らしながら助手席のドアに手をかけた。確か近くに自動販売機があったはずだ。この辺りの地図なら頭に入っている。榊は頭の中で最短距離で行けるルートを模索しながら、ここが地元でよかったなと安堵の息を吐く。


「土岐……?」

くん、とシャツの裾が引っ張られた感覚に振り返ると、白くて細い指が榊の服を掴んでいた。顔は、伏せているので伺えない。

「気分悪くなったのか?口で言ってくれないとわからないよ」

俺は東金じゃないんだ、と言いかけた言葉を既のところで飲み込んだ。ここで他の奴の名前を出すなんて、自暴自棄もいいとこだ。確かに東金だったら、この状況をすぐに把握して理解して、言葉はなくとも土岐の希望通りの行動をするだろう。ふたりはそれだけの時間を共に過ごしている。しかし俺は――、
と、ここまで考えて、自分はどれだけ東金をライバル視しているんだとむしろ笑いさえでる。比べてどうするんだと。
経験上、女性相手の対応には比較的自信がある方だと思ってはいるが、どうにも、目の前にいるこの相手は厄介で困る。少なくとも今までで出会ったことのない人物には違いなかった。

「土岐、」

顔を伏せたままの土岐にもう一度呼びかける。


「……、どこにもいかんといて」

小さく囁かれたそれは耳を澄ましていないと聞こえないくらいの声だったが、榊の耳には十分すぎるくらいはっきりと届いた。一気に、先ほどまで考えていたことが馬鹿馬鹿しくなって思わず笑いが声にまで出た気がする。
相変わらず隠した顔は見せてはくれないが、藤色の髪が落ちる頬、隠れきっていない耳が赤く染まっているのは多分、熱のせいだけではないだろう。かわいい奴。意固地で素直じゃないところが本当に。


「わかった。でも、それなら俺からもひとつ条件がある」

俺も、本当に素直じゃない。

「少し眠ること。ちゃんと暗くなる前には起こすから」

おやすみ、いい夢を。







20120509



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