ぬくもりに溺れよう




淡いオレンジ色のルームライトが千秋の綺麗な髪を照らして、まるで空を橙に染める夕陽のようだと手を伸ばした。
先程まで欲情のままに重ね合っていた身体は少し怠さを残していて、向かい合って眠る千秋の髪を蓬生は緩慢な動作でくしゃりと撫でた。
触れた髪は見た目よりも柔らかく細い。尚且つ癖がなくて真っ直ぐで、指を通すとするりと落ちる。燃えるような夕陽の色をしているのに触れた髪は冷たくて、蓬生のほてった身体にはとても心地好かった。

「俺の髪なんか触って楽しいか?」
「うん?昔っから思っとったんやけど、千秋の髪さらさらで気持ちええねん」

髪を梳くように手の平を後頭部まで進めて、指の隙間から逃げようとする髪をくしゃりと掴む。その感覚が楽しくて何度も繰り返す。何故こんなに癖がなくまっすぐなのか。自分の髪はすぐにうねってハネてしまうのに。それに猫毛で湿気に弱くて、色素も薄いって、よく千秋から言われるな。

「………おい蓬生、いい加減にしろ」

色々思考を巡らせつつも、千秋の髪は撫で続けていたらしい。眉端を寄せた千秋から、動きを封じるように手首を掴まれた。

「ふふっ、髪撫でられるん嫌いやんな千秋」

昔から、他人に髪を撫でられるとすぐに払いのけていた千秋を思い出してくすりと笑う。何故そこまで嫌うのか本人に聞いても答えてはくれないが、きっと『子供扱いするな』とかそんな理由だろう。プライドが高い千秋のことだ。

「大体、髪が綺麗なのはお前の方だろ、蓬生」
「そう?」
「お前本当に男か?」
「……はあ?毎日俺の身体のどこ見とう」
「それくらい綺麗だって意味や」

目を細めて不敵な笑みを浮かべた千秋が、お返しだと言わんばかりに蓬生の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。同時にシーツの擦れる音が聞こえて、そのまま千秋の胸元へと身体を引き寄せられた。乱された髪に、熱い息と共に唇が落ちてくる。

「ふふ、くすぐったいわ千秋」

無条件で与えられる優しさ。信頼も愛情も昔から変わらないもので、昔はこのぬくもりが唯一の光りだった。『東金千秋』という存在が蓬生の中の大半を占めている。


しばらく静かな時間が流れ、くしゃりと位置を変えた千秋の手に微かに重力が加わった。全てを預けられたような行為に思わず笑みが漏れる。不安がすべて消えていく感覚。例えるなら、春の日差し、木漏れ日に包まれているような。
胸元に触れている部分は熱い程に千秋の温度を感じていて、それを全身で感じるように蓬生はそっと瞳を閉じた。

「……小さい頃、眠るのが怖くてなかなか眠れんかった俺に千秋がよう髪撫でてくれたやろ。あれな、めっちゃ好きやってん」

思わず、ふと蘇ってきた遠い過去の想いが口に出た。病気がちでよくふさぎ込んでいたあの頃、千秋のぬくもり、手の感覚、すべて今でも鮮明に覚えている。

「千秋の手、温かくて好きやで」

今も昔も。その指から奏でられる音楽が。情熱的な旋律が。なにより過保護すぎる千秋が――


「……って、千秋寝とう」

あんまりに反応がないものだから顔を上げて見てみれば、腕を顔の下に敷いたまま、双眸は閉じられ、千秋は規則正しい寝息をたてていた。

「まあ、ええわ。むしろ聞かれんでほっとしたし……」

熟睡している寝顔に苦笑し、蓬生は再び千秋の胸元へと静かに顔を沈めた。気づかれないように、そっと息を吐く。
(ほんま、千秋は俺にいろいろ与えすぎや)
相変わらず髪に絡んだままの千秋の手。このぬくもりから離れられなくなってしまう。それならいっそ。

(もう今更、手遅れやっちゅうねん……)


例えば淡く光る小さな星屑、又は優しくて甘い金平糖のような形にして。触れれなくてもいいから、この温もりを小さなガラス瓶に詰めて、とっておけたらいいのに。







20120326



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