真冬の蛍火




空から降ってくる綿毛のような雪が外灯に照らされて、まるで蛍のようだと空を見上げた。
幻想的に惑わす夏の蛍が、冬の夜に現れる。
ええな、嫌いやない。
土岐は外の冷気に身震いながら、巻きつけたマフラーに口元を沈めた。

様々な出来事があった夏は終わり、季節は廻って冬。東金と土岐は、あの夏以降初めての横浜を訪れていた。
日が沈んで雪がちらつき始めた頃にようやく用事が終わり、今日泊まる予定のホテルへと向かって歩いている。クリスマスが近いこともあって懐かしい夜景には青やら黄色やら色とりどりのイルミネーションが鮮やかに混ざっていた。それでもやはり久しぶりの風景にじわじわと蘇ってくるのは、ほんの数ヶ月前の夏の記憶。

「…なあ千秋、ちょっと寄りたいところがあるんやけど…、先にホテル行っててくれへん?」
「ん?構わんが、歩いていける距離なのか?」
「すぐそこや」
「ならいいが、あんまり遅くなるなよ」
「わかっとう。ふふ、保護者やないんやから」

土岐は東金の言葉に小さく笑い、ひらりと手を振ってくるりと踵を返した。
先ほど通ってきた道から少し狭い路地に入ると、そこは寂しいくらいに薄暗い。まだ18時前だというのに関西と関東でこんなにも暗くなる時間が違うものかと、改めて横浜に来たんだと感じた。

榊とは、あの夏以降たまに電話やメールで雑談をする程度で、お互いの現状などはあまり干渉しなかった。それは決して相手に興味がない訳ではなく、お互いに干渉されるのが好きではないからだ。今日こうして横浜に来ていることも榊は知らないし、同じように、榊が今どこで何をしているのかを土岐は知らない。

ふらりと歩いていると、榊の家の辺りまできてしまった事に気づく。多分、あと数百メートル程行けば榊の家がある。このまま押しかけるか、否か。
数メートルおきに設置してある外灯の下、白い雪が、その明りの下だけ瞬くように光る。
土岐はそれをぼんやりと眺めながら、行き悩んで歩みを止めると、白く霞んだ明りの向こう側から歩いてくる人影を見つけた。


「……なんや、意外とあっさり逢えてもうたな」

外灯の下でその人物をはっきりと捉え、土岐は軽く目を見開く。

「……え、……土岐……!?」

数秒置いて向こうもようやく『誰か』に気づいたのか、歩みを止めて土岐を凝視している。相変わらずすらりと高い身長に、茶色い癖のある髪、今は暗くてよく見えないがエメラルドグリーンの瞳が驚いたように見開いて土岐を見つめている。

「久しぶりやね、榊くん」
「ああ…、久しぶり……だけど、どうして土岐がここにいるんだ…?」
「今度のクリスマスにな、千秋の知り合いがこっちでコンサートを開くんよ。それに神南の管弦楽部も出るようになったから、会場の下見に来てん」
「……そうなのか」

今だ現状を理解しきれてないように、呆然としている榊に数歩近付いて。

「驚いた?」
「それは、見ての通りだよ」
「あんまり驚いてるように見えへんけど」
「ははっ、驚きすぎて返答に困ってる……じゃ駄目かな?」

榊は苦笑して、目の前に立つ土岐の頬に手を伸ばす。

「………んっ」

唇に落とされた熱は久しぶりの感覚で、触れるだけですぐ離れようとした唇を、榊の胸元に手を伸ばして引き止めた。榊はそれにくすりと笑い、角度を変えて深く口付ける。
頬に添えられた手のひらは外の冷気に晒されているにも関わらず心地好い温度を保っていて、頬を滑って、後ろ髪をくしゃりと撫でる感覚が好きでたまらない。

「嬉しいよ、逢いに来てくれて」
「……こっちに来たついでや。そこ間違わんといて」
「素直じゃない所も変わってないね」

お互いが言葉を口にする度、息が白く吐き出されて空中に消える。夜が更けるにつれて気温も下がってきているのだろう。

「家に押しかけて驚かせたろ思ってたのに、こんなさっむい雪の中何してたん?」
「ちょっとコンビニにね」

その返答に ふうん、と呟いて、榊が持っていたコンビニのビニール袋をちらりと見遣る。白い半透明のビニールから透けて見えるのは、缶コーヒーが2本――勉強中の眠気さましにでも飲むつもりなのだろうか。今が一番大事な時やんな……。なんて、そんなことを考えていると、土岐の髪に触れていた手のひらが数本の毛束を掬って、それを指の腹でさらりと撫でる。

「土岐こそ、雪で髪が濡れてるじゃないか。うちで良かったら寄っていくかい?」
「いや、今日は遠慮しとくわ。はよ帰らんと千秋が怒る」
「ははっ、東金も相変わらずだな」
「過保護すぎなんよ、千秋は。せやけど、明後日までここにいる予定やし、榊くんとはまた明日、な」
「なんなら俺から迎えに行こうか――と言いたいところだけど、そうしたら東金が怒りそうだね」
「俺が居づらくなるからやめてや」

静かな路地にふたりの話し声だけが響いている。そんな中、しんしんと降る雪はその量を増していくばかりで、このままいけば明日には積もっているかもしれない。

「雪もひどくなってきたし帰ろうか。とりあえず、ホテルまでは送らせてくれ」

そう言ってエスコートをするように、自慢のウインクと共に差し出された手に、土岐は「ますます寒なるわ」と突っ込みを入れた。










20111202



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