There is no help for it.




「土岐、ちょっと付き合ってほしい所があるんだけどいいかい?」午前の練習を終え、木陰で休憩していた土岐を誘って訪れたのは小さな和風雑貨店。古風な雑貨や陶芸作品が多数置いてあり、とても風流な店だ。

「こんな店、横浜にもあったんやね…」

榊の誘いに対し気怠げな土岐だったが、風流な店の雰囲気を気に入ったのか興味深そうに視線を巡らせている。そんな土岐を見て榊は口許に弧を描いた。

「こういうの、土岐は好きだろうと思ってね」
「…まさか、それだけで俺を誘ったん?」
「いや、俺はこういうの詳しくないから土岐に選んでもらおうと思って」

並んでいる商品をひとつ手に取って、一通り眺めた後 静かに元の位置に戻した。

「ふうん、女の子にプレゼントでもするん?」
「んー…まあ、そんな所かな」

下手に選んで渡すより、こういうのは詳しい人が選ぶ方がいいと思ったんだ。榊の言葉に軽い相槌で返した土岐がふらりと店の中を眺め始める。そんな姿をみて、店全体の雰囲気を見渡して、本当に土岐に似合う店だと思った。着流しだったらもっと似合っていただろうに、制服なのが残念だ――なんて、余計な事を考え始めた頭を切り替えるように、榊も綺麗に陳列された商品へと視線を落とす。

静謐な店内で数分、しばし商品に見入っていた。
ふと、同じく店内を見て回っていた土岐がある一カ所で足を止めたのが視界の片隅に入る。何か気になる物でも見つけたのだろうか。榊は土岐の傍へと歩みを進め、土岐が見つめる視線の先に目を向けた。

「へえ、綺麗な扇子だね。土岐らしいじゃないか」
「まあ綺麗やけど、女の子には向かんな。渋すぎる」

土岐が興味深げに手に取っていたのは伽羅の香り漂う藤色の扇子。繊細な作りで、絶妙な色合いに染められた扇面が確かに渋いが、高級感漂っていた。

「いいさ、それにしよう」
「え、ちょっ…」

本当に、土岐によく似合いそうだ。榊は小さく笑い、土岐の手からその扇子をひょいと取り上げた。制止する土岐の言葉は無視して、問答無用でレジへと運ぶ。やわらかい笑顔で佇む和装姿の店員にきっちりとラッピングもお願いして。メッセージタグに刻む言葉は――





「…そんな渋いの、女の子は喜ばへんよ」

店を後にして、強い日差しが照りつける道を菩提樹寮へと向かって歩く。土岐の機嫌を損ねてしまったらしく、先ほどから軽蔑の眼差しが痛いほど突き刺さるのに榊は苦笑した。

「大丈夫、これは土岐にあげる物だから」
「……は?」

聞き流されても構わないという気持ちでさらりと発した言葉に、土岐の足が止まった。いったい何の冗談だと言いたげに眉間に皺を寄せて。鋭く見つめられる土岐の視線に、これはまた怒らせてしまっただろうかと少しの悔恨。

「まあ、そう怒るなって」

宥めるように発した言葉だが、原因はそれを発した自分の言動なわけだけど。榊は苦笑しながら小さく息を吐き、先ほど買ったばかりのラッピングされたそれを土岐へと手渡した。

「土岐、この前誕生日だったんだろう?遅くなったけど誕生日おめでとう」

扇子だけが入った小さな箱に、“Happy Birthday”と刻まれたタグがやけに目立つ。和風の包装用紙に、英語で書かれた祝福の文字。和と洋が合わさった、まるで日本の三味線と、外国のヴァイオリン両方を奏でる土岐みたいだなんて。
土岐は先ほどまでしかめていた顔を驚きの表情に変えて、手渡されたそれをまじまじと見つめていた。

「榊くんからお祝いされるなんてびっくりやけど…」
「祝われるのは嫌いだったかい?」
「いや、そんなんやないけど……、何で俺の誕生日祝いやて最初に言わへんかったん?」

ぶつかる視線が何故かとてもおかしくて、榊は口元を緩ませた。

「君の誕生日祝いだと言ったら、誘いは断っただろ?」
「そら断ったな」

迷いなく即答された言葉に「酷いなあ」と苦笑した。次いで、土岐もくすりと笑う。張りつめていた空気は風に流されたように消え、代わりに訪れたのは甘くゆるやかな。「ありがとぉな」と小さく呟いた土岐がたまらなく愛おしくて、その唇に触れた。夏が似合わない、そんな夏生まれの君に、夏の日差しが照りつける中で。








20110824


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