すべては雨のせいにして




湿気で首筋に張り付く髪が鬱陶しい。土岐は湿り気を帯びた髪を背中へと払いながら、ただ上空から落下する雨粒を見つめていた。
不覚だった。夕立が来ることは予測できていたはずなのに、傘も、雨を凌げる物を何一つ持ってきていない事に気付いたのはスタジオで練習を始めて数分後の事。それならば早めに練習を切り上げて帰ればいい。そう思っていた矢先、同じくスタジオで練習していたらしい榊に声をかけられて、少しだけならと相手をしていたらこの有様だ。

「榊くんのせいや。どうしてくれるん?」
「悪かったって。てっきり傘持ってきてると思ってたんだけど」

土岐の隣に立つ榊は不快感をあらわにした土岐をみて苦笑する。

「そういう榊くんこそ傘持ってないんやろ?お互い様やね」
「いや、俺は持ってるよ」

嫌味のつもりで言った言葉に平然とした口調で返されて、土岐は思わず拍子抜けした声が漏れた。それは僥倖の意味ではなく、それならば何故ここで雨宿りをしているのかという疑問。

「持ってると言ったって折り畳み傘なんだけど」

バックから取り出されたそれは綺麗に畳まれた小さめの傘で、多分いつも常備しているのだろう。
ヴィオラケースが濡れるのは避けたいから雨が弱まるのを待っている。と、土岐の疑問にさらりと答えた榊は爽やかな笑みで土岐をみて、そして雨粒を落とす空を見上げてまた笑う。

「それに俺は、嵐の日は嫌いじゃない」

見上げる瞳を細めて話す榊を、土岐は横目で見遣った。相変わらず空気を重くする湿気が煩わしいというのに。この雨の何がそんなに楽しいねん…
雨の檻に閉じ込められた空間は、雨音とふたりの話し声以外すべてをシャットダウンしている。時刻は確実に夜へと歩みを進めているに違いないのに、覆いかぶさった雨雲で空の色は伺えない。それなのに隣の榊は相変わらず雨を享受していて、思わず吐き出してしまった溜息は雨音に掻き消されて消えて、この雨ごと流れてしまえばいい。

「頭いい奴は変わっとうて言うけど、ほんまなんやね」
「そうかな?」
「俺は雨嫌いや」
「嵐の前の静けさって、どこかわくわくしないかい?」
「…せえへん。てか俺の話し聞いとう?」

無邪気ともいえる榊の言葉は、本当に嵐の日が好きなんだということを証明していた。ここまでくると寧ろ興味さえ芽生えてくる。自分が嫌いなものを、好きだと言い張る榊。お互い譲らないのは、出逢った時から変わらない、か。そう思うと思わず口元が弧を描く。

「つくづく合わないね」
「…合わへんからこそ、惹かれあう?」

土岐の突拍子もない言葉に、当然目を見開いた榊を視界に入れて、悪戯っぽく笑ってみせる。少なくとも今はそう思ったのだから仕方がない。否、友達以上の関係になっている時点で、そうとしか思えんやろう。
似ているところと、そうでないところ。お互いに惹かれ合い、ぶつかり合う事によって生まれる感情。

「俺は榊くんの“俺と違うところ”が好きやで」
「…へえ、珍しく素直じゃないか」
「…あんたと、この雨のせいやろ」
「そういう事にしといてあげるよ」

相変わらず素直やない。土岐は自身の言葉に苦笑して、薄暗い空を見上げた。

「榊くんの好きな雨なんか、はよ止んでしまえ」










20110717
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だいぶ前にツイッタで呟いていたネタです



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