※ぬるい性描写表現有り


夕顔




それは夕暮れ時、菩提樹寮へと立ち寄った時に偶然訪れた。
寮の縁側に座る土岐はいつもの制服姿ではなく、夕暮れの橙によく映える藍色の着流しを着ていて、その手にはヴァイオリンではなく三味線が握られていた。その三味線から奏でられる音色は、すうっと心の中に溶け込んで、榊は聴覚だけでなく視覚までも奪われる。
『視覚までも』というのは、土岐の着流し姿が高校生とは思えないほど“様”になっていたからだ。普段から肩に流した髪が風流だとは思っていたが、それが着流し姿になるといちだんと際立って艶やかしい。なんというか、心臓に悪いね…

少し離れた所から眺めていた榊に気づいたらしい土岐が、榊をみて口元に孤を描かせた。嫌がられないなんて珍しいこともあるものだと思いながらも、榊はそれをいいことに土岐の隣に腰を下ろす。

「こんなところでどうしたん?」
「いや、たまたま通りかかっただけだけど…土岐は三味線も弾くのか」
「あー…これな、嗜み程度やけど。意外やった?」
「否定したら嘘になるけどね、弾いたら似合うだろうなとは思ってたよ」
「ふふ、それは期待通りってことなんやろか」

楽しげに笑って、土岐は三味線の弦を数本弾かせた。初めて間近で聴いたその音は、まるで空気が振動するようで、榊は思わず弦を弾く指先にくぎ付けになる。着流しから覗くほっそりとした腕に、色白の肌。ヴァイオリン奏者らしい綺麗に整えられた爪、すらりと長い指――

「どや?三味線も中々ええ音色やと思わへん?」
「……土岐の指は綺麗だね」
「……は?」
「でも少し色白すぎるな、もうちょっと焼けた方が健康的だと思うよ」

榊の突拍子もない言葉に、当然のように唖然とした表情を浮かべる土岐。そして数秒の沈黙。ハッと我に返った土岐が慌てて否定に入るまでさらに数秒。

「いやいやいや、見るとこちゃうやろ!」
「ああ、ごめんごめん。つい、ね」

そんな土岐の一連の動作を可愛いななんて思いながら客観視して、呆然と開いたままの唇を塞ぐべく、ぐっと顔を近づけた。

「……っ、んんっ」

無防備な唇はあっさりと舌の侵入も許して、逃げられないように絡み合わせた舌は濡れた音と甘い吐息を生み出すから止められない。先ほどまで弦を弾いていた『綺麗』な指は、抵抗するように榊の胸元を押し返している。しかし口腔内を攻め立てられて呆気なく力の抜けた土岐の身体は、もう抵抗する余力など到底なかった。

「んっ、…ふ…」

苦しさに潤んできた土岐の瞳に、榊の中の潜んでいた熱がじわりと込み上げた。このまま押し倒してしまおうか、なぜか冷静な頭でそんなことを考えながら、ぐっと力を込めようとして、土岐が三味線を持ったままだったことを思い出す。嗜み程度とは言っていたが、榊にとってヴィオラが大事であるのと同じように、土岐にとっての三味線もとても大事なものに違いない。わざわざ“ここ”にまで持ってくるような物だ。自分がした行為によって土岐の大事なものが汚れたりしたら言い訳もできないなと、榊は勿体つけるように唇を離すと、土岐の身体から丁寧に三味線を取り上げた。

「はぁ、……っ、俺より楽器の心配なん……?」

土岐は乱れた呼吸を整えるように大きく肩で息をしながも、潤んだ瞳で挑発的な視線を寄越すものだから榊は困ったように苦笑した。

「君の大事なものなんだろう?まあ、俺は土岐の方が大事だけどね」

さらりと恥ずかしいことを言えたものだと思う。それほどまでに、今の土岐に執着し、情炎している。
榊は綺麗に着付けられた衿から胸元へ、するりと手を滑らせた。瞬間、びくりと身体を強張らせた土岐の胸から脇腹までをゆっくりと撫で下ろし、片側だけずれ落ちた着流しから覗く胸の突起にわざと音を立てて吸い付いた。

「…っ、……あッ…」

舌で転がすように舐めて、軽く歯で挟む。その度に漏れる声を必死に押さえ込もうと、土岐は顔を隠すように俯いた。そんな土岐を上目で見ながら、榊は腰に当てがっていた手を離して乱れた裾の間から形を持ちはじめた土岐のものに触れた。

「…ちょ、待って、ここどこやと思てるん…!?」

これから自身の身に起こるであろう事態を把握して、土岐は信じられないと言わんばかりに榊をみる。

「どこって、縁側かな」
「……分かっとんのやったらその手どかし。誰かに見られたら敵わんわ」

土岐は身体に溜まった熱を逃がすかのように、大きく息を吐き出した。

「それだったら心配いらないさ」
「なにが――」
「寮のみんなは外出中みたいだから、ね」
「………、」
「だから土岐も、三味線を弾いてたんじゃなかったのかい?」

痛いところをつかれた、そんな表情で、土岐は榊に言い返す言葉を捜すように眉間に皴を寄せる。珍しく土岐の根負けだね、なんてことを思いながら。高揚して潤んだマリンブルーの瞳を捕えて、滅多にみられないその表情も可愛いなと榊は目を細めてみせた。
いくら生活を共にする関係とはいえ、人との付き合いを避けているようにみえる土岐が、寮のメンバーのいる時に三味線を弾くとは思えなかった。きっと好奇心旺盛な至誠館の水嶋辺りは、音色を聴いた途端に飛びつきそうだし、嫌でも皆の注目の的になることは間違いないからだ。

「それで、答えはどうなんだい?」
「……なんの?」
「ひとりきりだから三味線を弾いてたんだろう?って質問」
「そんなん言わんでも、榊くんの中で答えでとるんやないの?」
「まあ、そうだけど」
「………ならええやん。でもほんま、榊くんは最初からこれが目的やったんやね?やらしいわー」

大袈裟に息を吐き出して、はだけた服を整えることもせず、土岐は半分脱がされた着流しを見せつけるように榊に悪態を吐く。

「…何とでもどうぞ」

本当、俺を誘ってるのか、ただ負けず嫌いなだけなのか。自分が脱がせたとはいえ、藍色の生地で白さが引き立つその肌を見せつけておきながら、“後者”ならばこの行為はただのエゴじゃないかと。もう少し素直になってくれたら可愛いんだけど、なんて声に出かけた言葉は胸の奥底に無理矢理押し込んで、高ぶるばかりのこの熱を早く吐き出してしまいたい。










20110419





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