!榊→←土岐(土岐目線) くっつく前の話しです

charm




無気力とはまさにこのことを言うのだろう。『動く』『考える』といった脳の神経が全て切断されてしまたかのように、思考は全て停止して、今は何も考えたくない。菩提樹寮のラウンジに備え付けてある一人掛けのソファーに深く腰掛けて、片手には読みかけの文庫本を開いたまま、土岐はゆっくりと息を吐き出した。いつもなら涼しいこの場所も、今日は蒸したように暑い。遠慮なく差し込む強すぎる日差しに、頭に響く蝉の声。
…あかん…頭痛い…
揺らぎそうになる視界を、こめかみを寄せて堪えた。

「土岐?」

そんな、鳴り響く警鐘と蝉の鳴き声に混ざってかけられた声は低く、小さく土岐の中に落ちた。
誰とも話したくない時に限って、誰かと出逢ってしまうもので。しかもそれが、今一番出逢いたくない相手だと確信した土岐は、改めて己の運の悪さにうんざりとする。

「…俺は読書中やで?邪魔せんといて、榊くん」

無気力に侵された身体をたたき起こして、吐き出した言葉は微かに震えていた。

「それにしては、さっきから全然ページが進んでないようだけど?」

言われて、片手に開いていた文庫本がしおりの挟まったページから進んでないことに気づく。全く、いらん所までよお見とう。苦笑にも似た息を小さくこぼして、警鐘をならし続ける身体を少しだけ起き上がらせた。そして平常を偽る笑みを貼付ける。気づかれたくない。榊にだけは。

「ちょっとうたた寝しとったんや、今から続き読むし」

大丈夫、こういうのには慣れとう。体調不良を隠すことは土岐の小さい頃からの得意分野になっていて、大抵の人には隠し通せる自信があった。しかし自分と同じく感の鋭い榊には隠しきれなかったのか、普段と違う土岐を不審に思った榊が、体勢を変えて土岐の顔を覗き込んでくる。

「…土岐、顔色が悪いな。具合悪いんじゃないか?どこかで横になったほうが―」
「何で、榊くんまで千秋みたいなこと言うん。俺は平気や」
「平気そうに見えるなら、こんなことは聞いてない」
「榊くんに俺の何が分かるん、放っといてって言っとう」

榊の言葉に「確かにそうや」なんて納得しながらも、どこか焦っている自分がいる。俺らしくない。榊の優しさを無理やり撥ね退けてまで、本当、なにしてるんやろ、俺…
すぐにそうやって人の世話をやく所が、一番嫌いなところで、同時に好きなところ。榊の優しさは危険だ。東金以外の他人とは距離をおいて絡んできたこの俺が、『榊大地』という人物によって掻き乱されて、惹かれている。

「…まだ俺の前じゃ、本心はみせてくれない、か」

ため息をこぼすように囁かれた榊の言葉に、「何が」と言おうとして、額に触れた感覚に一瞬身体が強張った。

「――っ、何するん」
「熱はないみたいだね」

前髪をかきあげられてあらわになった額に、榊の額が重なった。

「…榊くん俺の話し聞いとった…?」
「聞いてたよ?だけど、そんな顔色の土岐を放って置けるはずがないだろう。これでも俺、医者志望なんだ」
「まだ医者にもなってへんのに、偉そうなこと言わんとき…」
「はは、確かにそうだね。でも、必ずなるよ。なってみせるさ」

余りにも真っすぐで、揺るぎない意志に、心が揺れた。けして努力を惜しまない姿勢。どんなに過酷な道だろうと乗り越えてしまいそうな強さ。親友である東金もこのような意志をもった人物だが、榊はまた違った、自分にないものを持っている。
――あかん、本当に惚れてしまいそうや。

「土岐?」

ソファーのすぐ傍で体を屈める榊の肩に、自身の頭を預けて重心を傾ける。暑さで少し湿った髪が、顔を隠すように頬を撫でた。

「ちょっとだけ…肩かして」
「本当はきついんだろ?いい加減あきらめて横に―」
「アホ。榊くんが面白すぎて笑い堪えとうだけや」

千秋はもっと自信家やんな。と、ふと思った東金と榊の相違点にくつくつと小さく笑う。暑苦しいやつは嫌いやけど、榊くんはちょうどよくてええ。そんな榊くんが大好きや。
数分前までの無気力さはいつのまにか消え去り、警鐘も大分治まりつつある。もしかしたら、このままもう少し榊の体温を感じていたら治るかも知れないなどと考えて、緩む口元を隠すようにゆっくりと閉じた視界には、淡い闇が広がった。









20110226





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