苦味さえ甘くするほどの




千秋との口付けは、もう何度目になるだろう。冬の冷たい風を遮る家の中、千秋の部屋に上がりこんだ蓬生が寛ごうとソファーに腰掛けたところで、その口付けは今日も唐突に落とされた。
千秋が好きなのは、軽いスキンシップ程度のキスよりも、ディープキスのような深い口付けだ。当然のように隣へと腰を落とした千秋は、蓬生の腰の辺りに手を回して、有無を言わさず顔を近づける。
重なった唇から侵入してきた舌が口腔内を撫で回し、絡んだ舌はいやらしい湿った音を響かせた。思わず鼻にかかった声が漏れて、その声に目を細めた千秋は、より一層深く蓬生の舌を絡ませる。

始めから手加減する気なんてないところが、中途半端が嫌いな千秋らしい。それでも体力に自信のない蓬生の身体を気遣ってか、ちゃんと息つぎをするタイミングを与えてくれるさりげなさもまた。
初めて千秋とキスをした時に酸欠で倒れそうになったことをまだ引きずっているのかと思うと、蓬生は自然と口元が緩むのだ。

「ん、そうや千秋。口あけて?」
「……なんだ急に」
「ええから」

理由を言わない蓬生に、千秋はわずかに眉間のシワを寄せる。そんな千秋を横目に見ながら、蓬生は用意していた小箱をポケットから取り出した。
封を切って箱を開けて見せると、千秋は「ほう」と一言落とす。
箱の中身は、品良く箱詰めされた一口サイズのチョコレート。蓬生はそれを一つ手に取って、見せびらかすように口に咥えると、広がるビターのほろ苦さをそのままに千秋の唇へと口付けた。

「……っ、甘いな」
「……やっぱり、甘く感じるん?」
口移しで千秋へと渡ったチョコはあっという間に溶けてしまったようで、千秋は指先で口元を軽く拭うと、もう一度その味を確かめるようにぺろりと舐める。
「でも、なんでいきなりチョコなんだ」
「嫌やなぁ、千秋。今日はバレンタインやで? これ、一応ビターチョコやったんやけど、俺からの口移しで甘くなってしもたんかな」

冗談っぽくそう呟けば、千秋は満更でもないと言わんばかりの笑みを浮かべた。
これは、なんだか嫌な気配がする。
そう思ったのもつかの間、千秋の手が蓬生の腕と背中に回されて、慣れた手つきでソファーの上に押し倒された。そして掴まれた腕はそのまま頭上で固定されて、身動きが取れなくなる。

「……っ、ちょお待ち、千秋……!」
「俺だけ甘く感じるってのも癪だからな。蓬生」

名を呼ばれ、身体が跳ねたのが自分でも分かった。千秋の心底楽しそうな瞳が、真っ直ぐに蓬生を映す。こうなってしまった千秋は、もう誰にも止められない。
観念してゆっくりと息を吐き出しながら、乱れた呼吸を整える。そして静かに目を閉じれば、暗闇の中で千秋が小さく笑ったのが分かった。
「ん……っ」
もう、今日だけで何度目の口付けだろうか。考えるだけで笑えてくる。
唇にぬくもりが触れて、その間から濡れた舌が入りこむ。ビターに染まった舌がねっとりと絡みついて、押しつけられて。目を閉じていると、その感覚が余計に研ぎ澄まされて心臓がどくりと音をたてた。
「はっ、ちあ……」
深い口付けが続くと、体力のないこの身体はすぐに警告を鳴らし始める。苦しいと訴えるように軽く千秋の体を押し返せば、すぐに唇は開放された。しかしそれは束の間で、蓬生の様子を伺ってからそれはまた再開された。
呼吸は苦しいのに、身体は素直に高揚していて、正直、チョコレートの甘さを感じている余裕なんてない。

「……どうだ蓬生、甘かっただろ?」
「は……っ、そんな余裕、あるわけないやん……」
力の抜けた体は指先一つ動かすのも億劫で怠いのに、火照った身体はいつまでもその熱を残している。気だるくて涙で霞む瞳にぼんやりと千秋を映していたら、何を思ったかは知らないが、千秋は満足げな笑みを浮かべて見せた。
「なら、もう一回だな」
「……千秋、絶対面白がっとうやろ……」

額に、手のひらが落ちてくる。
顔にかかる邪魔な前髪を優しい指先が払って、宥めるように軽く頭を撫でられた。その行為がとても心地良いと感じる。

「いいか」
それは、「もう一度するぞ」という意思と、「もう呼吸は落ち着いたか」の、ふたつの意味での問いかけ。
「……嫌や、言うてもするんやろ」
まあな。と答えると同時に、千秋は箱の中からチョコを一粒つまみ上げる。
「ええよ。そもそもチョコあげたん、俺やしな」
仕方ない、と小さく笑えば、千秋はそれを見せつけるように口に含んで、今度は溶けきる前に唇が重なった。
流れ込んでくるほろ苦いチョコレートが舌の上に纏わりついて、その舌を千秋が舐める。千秋が好きな口付けだ。もう何度もしている行為のはずなのに、甘い痺れが走っていつも以上に感じてしまうのは、この鼻に抜けるカカオのせいだろうか。甘ったるくて、どうにかなりそうだ。

「……絶対こうなるとおもてビターにしたのに、もっと苦いチョコにするべきやったわ……」
「どれにしたって同じだろ。諦めろ」
勝ち気な笑みに、千秋の自信が滲み出ている。ほんま、敵わんわと思う。けれど、そんな千秋が好きだとも。今日はまだ当分、この甘ったるい時間を過ごすことになりそうだ。








20110214
20190519(加筆修正)






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