fortunate




セピア色にまとめられたホテルの一室は大人びた雰囲気で、ベッドに寝そべる土岐の長い髪が綺麗に敷かれたシーツの上に垂れていて実に色っぽい。
『横浜に来たから会いたいんやけど』と、メールが着たのはつい先日で、会いに行ってみればホテルを取ってあるのだと言う土岐に誘われるがまま、横浜でもそこそこ有名な品の良いホテルで一泊することになった。
ベッドにうつ伏せの体勢で横になっている土岐は、両肘をついて広げたカタログを左手でパラパラとめくっている。やけにリラックスしているというか、まるで自宅にいる時のように無防備にくつろいでいる土岐に榊は少し驚きながらも、自身も一息ついて土岐の隣へと腰を下ろした。

「榊くん、これなんかどう?」
土岐の細くて白い指が、カタログの一カ所を指差した。
「へえ、シンプルでいいね」
「そういうと思ったわ。これ、榊くんにプレゼントしたるよ」

そう言うと、土岐は楽しそうに表情を緩ませてカタログの隅に目印となる付箋を貼り付けた。いかにも高級そうな腕時計がずらりと並んでいるそのカタログは、土岐が持参したものらしい。どれも洗練されたお洒落なデザインの物ばかりで、流石は土岐のセンスといったところか。そんな中から土岐が選んだものは、無駄に飾っていないシンプルなシルバーの腕時計だった。しかしシンプルな中にも高級感はちゃんとあって、細身のデザインがいかにも土岐らしい。

「こんな高価な物じゃなくても、プレゼントは土岐でよかったんだけどね」
「……へえ。榊くん、そんなに俺が欲しいん?」
そう言いながら、土岐はかけていた眼鏡を外して誘惑するように目元を細める。
「別に、ええよ」
レンズという壁がなくなった土岐の瞳は透き通るようなマリンブルーで、艶やかに揺れる瞳に榊は思わず息を呑む。そして噛みつくように土岐に口付けると、誘うように僅かに開かれた唇から舌を差し入れた。
「……ん」
舌と舌をぬるりと絡める度に、甘い吐息が溢れる。久々に感じた土岐の熱は夢中になってしまうほど熱くて、苦しさに身を震わせた土岐の力が抜け落ちる寸前のところで、榊はようやく唇を離した。土岐は苦しそうに大きく肩で息をしながらも頬は薄っすらと火照っていて、色気にあてられてしまいそうだ。
「……っ。どうやった……?久しぶりの俺は」
「ああ、最高だよ。つい夢中になりすぎてしまったくらいにはね」

短いようでとても長く感じたこの数ヶ月間。夏から冬へと季節がひとつ進んだだけなのに、こうして直接会っていることが本当に久しぶりな事のように感じる。だから、余計に欲求が溢れてしまうのかもしれない。会えなかったこの数ヶ月分の想いまで全て穴埋めするように、榊は土岐の身体をベッドへと押し倒した。
シワが寄ったシーツの上に、土岐の艶やかな長い髪が無造作に広がる。ページが開いたままのカタログを気にして伸ばされた土岐の腕を捕まえて、シーツへと押しつけた。その行為に何かを訴えようとした土岐の唇にもう一度口付ける。

「今は、俺だけを見ていてほしいな」
「そんな台詞、女の子相手やないんやから」
土岐はくすくすと笑いながらも、榊のその言葉を受け入れることにしたらしい。もう片方の腕が榊の背中に回されたかと思うと、身体をぐっと引き寄せられる。
「けど、後からちゃんと腕時計もプレゼントさせてな……?」
「それはもちろん、土岐がくれるものならなんでも」
「……誕生日おめでとう、榊くん」
耳元で囁かれた言葉は、意識していなければ聞き取れなかったかもしれない。
そんな照れ隠しとも言える行為に、榊は小さく笑って返した。
腕の中のぬくもりを独り占めできているのだ。このひと時が、まさに最高のプレゼントだろう。幸せ過ぎて、明日が来なければいいと思うほどに。








20101229
20190308(加筆修正)






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