さみしさ、きらめき




猛暑だった今年の夏へと思考を飛ばして、暑さにも負けないくらい充実していたなと改めて思う。耳元にあてがった携帯電話から聞こえてくる声を聞きながら、土岐は家の自室から窓の外をみた。
太陽が揺らめいていた夏は終わり、季節は冬になった。日差しは雲に遮られ、木枯らしにゆれる木々が哀愁を漂わせる様は、まるで人の心をも凍えさせるほどにさみしく見える。こんな季節は特に人恋しくなるもので、「千秋に会いたい」と素直な気持ちを伝えたら、電話越しの相手は当然のように「今から向かう」と言ってくれたのだった。

「電話、このままでもええ?」
「すぐに会えるだろ」
「ええやん」
「……全く、少しくらい我慢しろ、蓬生」
そう言いながらも電話を切らないで欲しいと言う土岐のわがままを、東金はちゃんと受け止めてくれる。そんな優しさに、つい甘えてしまっている自覚はあった。
つい数ヶ月前までは、同じ寮で、同じ食事をして、毎日一緒にいたのが嘘のように空いてしまったふたりの距離。夏から冬へと季節が変わったように、ふたりでいる時間も変わってしまった。否、元に戻ったが正解かと苦笑する。幼なじみで、普通の友達よりは確実に会っている時間は長いはずなのに。どことなくさみしさを覚えるのは、あの夏に依存しすぎたせいだろうか。冬の寒さは、まるで追い討ちをかけるように土岐の心を冷やしていった。
携帯電話から聴こえてくる東金の声は、小さな機械という壁を隔ててもなお、そんな土岐の心を温めてくれる。決して一方的な会話ではなく、こちらが興味ありそうな話題をわざわざ引き出しては同意を求めてくる。土岐は、そのひとつひとつに相槌で返した。

「着いたぜ、開けてくれ」

玄関先に着いたらしい東金からドアの解除を求められ、土岐は相槌ひとつ残して玄関へと赴いた。そしてドアノブへと手を掛けた瞬間にふと頭を過ぎったのは、あの夏の日の日常。思わず、扉を開けようとしていた手が止まる。
あの夏の間だけ、ふたりの帰る場所となっていた菩提樹寮。そこで毎日のように東金と交わしていた言葉――。

「……お帰り、千秋」

懐かしさに口元を緩ませながら開けた扉の先にいた東金は、土岐の言葉を聞いて少しだけ驚いた顔をした。
しかしすぐに何かを察したように、東金の口元には綺麗な孤が描かれる。そして、「ただいま」と。こちらが欲しい言葉はすべて解っていると言わんばかりに、情熱的な瞳から見つめられて思わず苦笑が漏れた。

「……冗談やったのに、優しいんやね」
「まんざらでもなかっただろ」
「あれあれ、バレとった?」
「あたりまえや」

ふと、冷えた手のひらが肌に触れたかと思えば、体ごと引き寄せられて唇を塞がれる。
「……っ、千秋、ここ玄関」
「別に構わねえだろ」
「ん……」
驚いている暇もなく再び塞がれた唇に言葉を奪われて、代わりにふたり分の甘い吐息が漏れた。
冬の寒さに冷やされていた体温にも徐々に熱が戻ってきたのが分かって、今度は土岐の方から東金を引き寄せた。ダイレクトに伝わる体温は、とてもあたたかく土岐の身体を包み込む。さみしさで沈んでいた心が、まるであの夏の日を思い出したかのようにキラキラと輝きだすようだ。暑い夏は嫌いな筈なのに、なんであの夏の事はこんなにも心に残って離れないのだろう。
あの時間が永遠に続けば良かったのに、なんて自分らしくないことを考えて内心で微笑しながら、ゆるやかに離れた唇の熱に名残惜しさを覚えた。

「……なんか、千秋がおるだけであったかいな」
「は? どういう意味だそりゃ」
「終わってしもた夏が、また蘇ったみたいや」
同じ時間はもう戻らない。けれど『千秋』という存在が、俺をいつでもあの夏の日に連れて行ってくれる。
「……お前がそこまで依存していたなんてな、珍しいじゃねえか」
「俺かて、依存くらいするよ」
「するなら、俺だけにしとけ」
「ふふ、自意識過剰なんちゃう」

東金の長い指が、肩にかかる土岐の髪を手に取って口付ける。まるで自分だけのものだと見せつけられているようで、千秋らしいなと小さく笑う。
そんなことせんでも、俺には千秋しかおらへんのに。俺が依存しとるのは、今も昔も千秋だけやで、なんて。
口付けへの返事として、今度は土岐の方から東金の唇に触れた。想定していなかったのか、東金の驚いた顔に満足しながら、このぬくもりがあればどんなに寒い冬がきても大丈夫だと、凍えそうだった心にあたたかい光りが灯る。









20101215
20190224(加筆修正)






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