陽射しに溶ける




触れれば壊れてしまいそうな存在がそこにいて、思わず目を奪われてしまった。
榊は、自然と足音を立てないようにその人物へと歩み寄る。菩提樹寮の備え付けのソファーの上。そこに、まるで猫のように体を丸めて横になっている人物。神南高校の副部長である土岐は、陽射しに透ける綺麗な藤色の髪をソファーの端から垂らしていた。

「……土岐? 寝ているのか」

近づいて囁いてみても身動きひとつしない。あの敏感な土岐が珍しいと思った。
日差しが強いこの季節にも関らず、白すぎる肌に伏せられた瞳はまるで死人のようにすら見えてしまう。もしかして体調が悪いのだろうかと土岐の顔を覗き込んでみたが、規則正しく聞こえてくる寝息にほっと息を吐き出した。
練習で疲れていたのだろうか。これだけ熟睡している土岐を見たのは初めてかもしれない。しかし、このままではいくら夏とはいえ身体を冷やしてしまうだろう。身体の弱い土岐のことだ。風邪でも引いてはいけないと、榊は土岐を起こすためにもう一度声をかけようとして――、やめた。
これはちょっとした悪戯心なのかもしれない。こんな機会滅多にないのだし、もう少しだけなら、このままこの寝顔を眺めていても罰は当たらないだろうと思ってしまった。

榊は、出来るだけ音を立てないようにソファーの背もたれへと手をかける。土岐は相変わらずすやすやと眠っていて、規則正しく動く細い肩と、わずかに震える長い睫毛は本当に男だろうかと疑ってしまう程だ。普段かけている眼鏡がないだけで、こんなにも無防備に見えてしまうのかと、思わずその瞼に口付けを落としたくなって、貪欲な自分に微笑した。寝込みを襲う趣味はないのだけれど、まるで吸い込まれるように土岐から目が離せないのは何故なのか。このまま距離を縮めれば土岐の顔はすぐそこにあって、口付けを落とすことなんて容易いはずなのに。しかし本当にそれでいいのかと自問して、榊は距離をつめることを止めた。

「……なんや、やめてしまうん?」

静かにその場から離れようとして、ふとかけられた声に榊は思わず目を見開いた。
声の主を見遣れば、先ほどまで伏せられていた瞼を開かせて、綺麗なブルーの瞳で見つめてくる土岐の視線とぶつかったのだ。

「……起きてたのか」
「あんなジーっと見つめられたら、誰かて起きるやろ」

呆然と立ち尽くす榊を見て満足げに笑った土岐は、少し気怠げにソファーの上で体を起こして胸ポケットに仕舞っていたらしい愛用の眼鏡を取り出した。一体いつから起きていたのだろうか。最初に土岐を見つけたときは確実に眠っていたから、やはり途中で起こしてしまっていたのか。しまったな、と榊は先程までの自分の行動を思い返しながら思考を巡らせた。どう言い訳をしようか。ここは無難に、風邪を引くといけないから起こそうとしていた、とでも素直に言っておこうか。そう思っていた矢先、土岐の華奢な手が榊のシャツに伸びて、僅かに体を引き寄せられた。

「榊くん……、あんま焦らさんといて、な?」

まだ錯覚しきれていない微睡んだ瞳で見上げながら、甘く囁く土岐。その誘うような言動に、思わず喉がなる。

「――土岐。そういう時は、欲しいってハッキリ言った方が可愛いよ」
「……別に、可愛さなんか求めてへんし」

急に気恥ずかしくなったのか、視線を逸らして僅かに頬を染めた土岐に追い討ちをかけるように、榊はもう一度、「かわいいね」と囁いた。土岐は、「アホらしい」と呆れたように息を吐き出したが、まだ火照ったままの頬が愛らしくて思わず笑いそうになった。

「本当、いい趣味しとうね……」
「誘ってきたのは土岐のほうだろ」
「いやいや、最初にしようとしたのは榊くんやで?」
「無防備すぎる君が悪い」
「なんや、それ……、ん」

土岐の顎に手を添えてこっちを向かせると、その無防備な唇に口付けた。薄く開いた歯列をなぞって侵入させた舌を土岐のものと絡めると、抵抗することもなく自ら絡んでくる土岐に、榊は目を細めて笑った。

「……全く、寝起きの君がこんなに甘え上手だとは知らなかったよ」

こんなことなら、もっと早くに君の唇を奪っておけばよかったと。淡くあたたかい陽射しに包まれながら、こんなにも甘い時間を過ごせるのだから。









20101208
20181231(加筆修正)






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