ゆらゆらと曖昧に





「蓬生」
「ん? ……熱ならもう下がったから、大丈夫や」
蓬生の額に手をあてて、心配そうに顔を覗き込む千秋に蓬生は小さく苦笑した。
今朝、「熱があるから学校休む」と蓬生からメールがあった。千秋はそのメールに、「学校終わったらすぐ見舞いに行く」とだけ返し、今、その見舞いのために蓬生の家を訪れている。寝込んでいるだろうと思っていた蓬生は、ベッド横の窓際に立っており、千秋の気配に振り向いて静かに微笑みを向けてきたのだ。

微かに開けられた窓からは、季節の変わり目独特の暖かく冷たい風が入り込み、蓬生の長い髪を揺らしている。具合はもういいのか?と、そんなことを聞かなくても分かる。まじかで見る蓬生の顔色は、決していいとは言えないものだった。綺麗な瞳は熱のせいかわずかに充血していて、呼吸もいつもより早い。そんな微かな風にも負けてしまいそうな細い身体をしておきながら、よく平然と笑えるものだと千秋は苛立ちと共に息を吐き出した。
蓬生の額へと押し当てた手のひらからは、確実にいつもより高い熱が伝わってきて、「大丈夫」なんてよく言ったものだと思う。
こうやって触れればすぐに分かるようなことを、蓬生は心の深い部分へと隠してしまう癖がある。そして、その得意の笑みで周囲の反論を押さえ込んでしまうのだ。幼いころ、常に周囲から心配されて育ったのが影響しているのだろう。強がりで負けず嫌いなのは、千秋も同じだからよく解る。それでも俺にだけは、本心を隠さずに全てを見せてほしいと、そう思っているのに、蓬生のこの癖は一向になおる気配を見せない。

「念のため明日も休め。担任には俺が言っといてやる」
「なんで、もう治ったて――」
「嘘、つくな」
額に当てていた手を離し、蓬生の額を軽く突いた。蓬生は「痛ぁ」と一瞬瞳を固く閉じたあと、再びゆっくりと開く。そして戸惑いに揺れた蓬生の視線が、千秋の赤とぶつかるまで数秒。捕らえたその瞳を逃がさないように真っ直ぐに見つめれば、蓬生は観念したように息をついた。

「……千秋にだけは、嘘つかへんよ」
「知ってる。もし、嘘だとしても分かるしな」
「……そういう意地悪な千秋はきらいや」
「嘘は分かるって言ったろ。好きだ、って顔に書いてあるぜ」
素直になれ、そう付け足すと、「千秋にだけは言われとうない」と返される。そしてこの馬鹿らしいやり取りがおかしくて、ふたりでくつくつと笑った。

親友から恋人の関係になってから随分と経つが、関係が変わっただけで共にいる時間は変わらない。昔からいつも一緒だから、お互いことなんてとっくに知り尽くしている。それでも、もっと知りたい、全てをさらけ出せと思うのは強欲だろうか。
蓬生の後ろ数センチの距離で開けられた窓からは、相変わらずぬるいのやら冷たいのやら分からない風が吹いている。千秋はそこに手を伸ばして、静かにその窓を閉じた。

「本当はな、千秋がくるの待ち遠しゅうて窓から眺めてたんよ」
ガチャンと鍵を下ろしたタイミングで呟いた蓬生は、少し困ったように表情をゆるめた。
「それで、千秋の姿みたら、急に明日学校行きとなったから――」
「大丈夫、なんてばればれの嘘をついたって?」
千秋の問いかけに、蓬生は小さく頷いた。やけに素直な反応に驚きつつも、素直になれと言ったのは自分かと苦笑する。ふと、蓬生が自身の身体を包み込むように腕を巻きつけた。寒いのだろう。細くゆっくりと吐き出された吐息に疲労の色が滲んでいるのに気づいて、立ち話をし過ぎた失態に千秋は小さく舌打ちをした。

「もう寝ろ。明日、俺と一緒に学校行きたいんやろ」
「……別に、千秋と、とは言うとらん」
「同じような意味や。あの言い回しは」
そう言われて口を紡ぐ蓬生に満足げに目を細めて、千秋は蓬生の腕を引きベッドへと促した。
相変わらず熱を持ったままの細い身体が痛々しい。しかしこの様子だと、明日には平熱に下がっているかもしれない。そんな淡い希望を抱きつつ、まどろみはじめた蓬生にやさしく微笑みながら、その額にそっと手をおいた。




20101123
20181025(加筆修正)





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