享楽的に奏でるアフタヌーン





室内での練習は好きだ。肌をじりじりと焼いていく日差しも、夏の暑さに負けじとけたたましく鳴く蝉の声も届かない。体力のない土岐が暑さで練習を中断せざるを得なくなることもなく、快適な環境に思わず笑みすら浮かんでしまう。

重なり合うふたつのヴァイオリンの旋律。今日は芹沢が所用で出ているため、千秋とふたりだけでの練習だった。
ふたりだけでの練習は久々で、結構長いこと弾いていたと思う。一曲を弾き終わったところで、蓬生は時間を確認するためにバックから携帯電話を取り出した。その行動を横目で見ていた千秋は、蓬生が取り出した携帯を見て驚きの表情を見せる。

「なんだ、その人形は」
千秋の目線の先は、蓬生の携帯にぶら下がっている小さなストラップだ。
「あれ、千秋しらんの?星奏の銅像にもなっとる妖精さんやで」
背中には透明の羽がはえていて、魔法のステッキのようなものを手に持っているその人形を、蓬生は「可愛いやろ?」と千秋の前に差し出した。千秋はその人形を凝視するやいなや、不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。
「そんなことは知ってる。俺が聞きたいのはそういうことじゃねえ。それをどうしたか、だ」
「……ああ、それやったら、こないだ芹沢たちと一緒にゲーセンに行ったんよ。そんときの戦利品」
「はあ? お前、ゲーセンとか行くのか」
「そりゃ行くやろ、庶民の遊び場やで?」
そこまで口にして、蓬生は何かを察したようにニヤリと口許に弧を描いた。
「ああ、もしかして千秋、ゲーセン行ったことないとか」
「……っ、それくらいあるわ、アホ」
「怪しいなぁ」
分かりやすく反応する千秋に思わずくすくす笑えば、「休憩は終わりだ! 」と半ば強制的に話題を変えられた。



カンタレラの響きにアブサントの音色が重なる。ふたつのヴァイオリンから奏でられるメロディ。蓬生の艶やかな演奏は、千秋の情熱的な音に誘われるように寄り添ってくる。いつもならばこの最高の音色に胸が高鳴るところだが、今日ばかりはどことなく気持ちが落ち着かないと、千秋はわずかに眉間を寄せた。
自分の知らないところで、自分が経験したこともない場所で、蓬生と過ごした奴がいる。知識としては知っている。ゲ−ムセンターなんて、機械音と無駄にデカいBGM、子どものはしゃぐ声が混ざりあった、心休まる空間とは程遠い、そんな場所に蓬生が好んで行くのだろうか。それとも、近年のその施設は自分の知識とはかけ離れた場所なのだろうか。ぐるぐると巡る思考は、くだらない嫉妬心と“知らない”もどかしさ、蓬生の感じた世界を共感したいという感情で埋め尽くされた。
当然、そんな状況で曲に集中できるはずもなく、曲の途中にもかかわらず演奏を止めた千秋に、蓬生も不自然に音色を止めた。

「どないしたん千秋……?俺、どこか間違えたやろか」
「出かけるぞ蓬生、アブサントを仕舞え」
「は?今から……?」
「そうだ」
「ええ……、いややわ。外めっちゃ暑そうやん」
「そんなに遠くじゃないから我慢しろ」

突然のことに呆然とする蓬生はよそに、千秋はさっさとカンタレラをケースへと戻す。そしていまだ乗り気のない蓬生に、「置いていくぞ」と追い討ちをかければ、蓬生はしぶしぶアブサントをケースへと仕舞いはじめた。



「なぁ千秋。もしかしてやけど、ゲーセン行くん?」
太陽が真上にある正午は、道端にできる影も少なくなる。重い足取りでスタジオを後にした蓬生は、千秋に引かれる手をそのままに照りつける日差しの中を歩いていた。
行き先は、たぶんあそこだろう。蓬生の問い掛けに無言を貫く千秋に、なにか怒らせるような事をしただろうかと考えるも、この暑さのなか頭を使うことは自殺行為だと思考を停止する。代わりに、行き着く先にあるであろう場所のことをひとりごとのように呟いた。

「シール写真の機械とかもあったなぁ。撮ったのを携帯の裏に貼るのが流行りなんやて、女の子たちが話とったわ」
「……ほう、面白そうだな」
どうせまた流されるだろうと思っていた言葉は、千秋の中の何かに火をつけてしまったらしい。瞳を細めて何かを企むような笑みを浮かべた千秋に、蓬生は思わず歩みを止めた。
「……まさか千秋、撮る、とか言わんよな」
「さあな、お前が言ったんだ。責任は取ってもらうぜ」
「アホか、男2人で撮るとかキモいわ……」

ありえへん、と溜息を吐けば、千秋はクツクツと笑う。言い出したら聞かない千秋のことだから、ここはもう折れるしかないだろう。うっかり他の奴らに見られて、からかわれるのだけは避けたいと思いつつも、少し楽しみになっている自分がいるのも事実で。
そんな、立ち尽くす蓬生の気持ちを知ってか知らずか、ふいに千秋に体を引き寄せられて唇をふさがれた。
「……っ、こんなところで、もう少し我慢しいや…」
「ハッ、もう少し、我慢すりゃいいんだな。分かった」
それだけ言うと、千秋はまた蓬生の手を引いて歩き出す。どこか先程よりも足早になっている千秋に苦笑しつつ、自分もそうとう千秋に甘いなぁと笑った。それは夏の日差しが照りつける、暑い暑い午後のできごと。












20101123
20181103(加筆修正)






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