Scenery to fear




目に見える光景には、今にもこぼれ落ちそうな程に花びらを開かせたバラの花がみえる。
色とりどりのその花は、視力の落ちたカストルの瞳にも鮮やかに写った。

フェアローレンとの戦いで、もともと視力の良くなかった瞳を負傷したのは誤算だった。
守りたいものに必死だったあの時は視力の事など考える予知もなかったが、今となっては、もし視力を失っていたらと思うと恐怖すら覚える。それは『暗闇』が訪れるという恐怖ではなく、この美しい光景を二度と見ることが出来ないという恐怖。何より、最愛のラブラドールをこの目に写せないという恐怖だ。

あの戦いで片方を失い、視界は半分になってしまったが、この光景を写すには十分だった。
カストルは一通り辺りを見渡して、さくりと音を立てながら歩きだす。自分の腰の辺りまである植込みに沿って歩き、蔓を伸ばす薄紫の花を目にして、口元は自然にゆるんだ。

(この花は、ラブラドールがとても気に入っている花ですね)

心の中で呟いてみて、淡い薄紫色にラブラドールの髪と瞳の色を重ねた。
綿毛のように柔らかい髪と、吸い込まれるように透き通ったラブラドールの大きな瞳がとても好きだ。髪を撫でてやると綺麗に微笑むあの笑顔も。
カストルは小さく息を吐きだし、早くこの庭園のどこかにいるはずのラブラドールに逢いたいと祈念する。
逢って、薄紫色の髪を撫でて、花の香りのする身体を抱きしめたい。
そこまで考えて、自分はなんて貪欲なんだと苦笑した。

(ですが、また野良寝でもしていたら身体を冷やしてしまいますからね)

貪欲に染まる自身に語りかけるように発した言葉は、なんてエゴイストで無意味なこじつけだろう。
しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、カストルは再び足を進めた。
ラブラドールを探す場所は大体予想できている。いつも野良寝してる木の根元に、植込みの間、暖かい日差しが差し込む場所。
しかし思い当たる場所すべてを探しても、ラブラドールの姿は見つからなかった。
おかしい。この時間は確実にこの場所にいるはずなのに。
次第に生まれるのは不安と焦り。ついこの間、あんな出来事が起きたばかりなんだ。何があってもおかしくない。
悪い方に考えるなんて良くない事だと思いながらも、カストルは焦る気持ちを止められなかった。

咄嗟に、辺りにラブラドールの気配がないかを探る。
自慢のドール達に繋げた糸を伝って、微かに感じたラブラドールの気配に安堵しようとした矢先、その気配がぷつりと消えた。
全身の血の気が引いて、一気に悪寒が走る。脳裏に過ぎるのは最悪な光景ばかり。身体がぴくりとも動かない、動かせない。
不安と焦りと恐怖が目に見えるもののように襲ってきて、視界がぐにゃりと歪んだ。
ぼやけた視界は次第に暗闇になり、そして最後には何もなくなった。


――とる…


「カストル」
「っ、……ラブ…?」
「あ、やっと起きた。カストルがこんな所で寝るなんて珍しいね。身体が冷えちゃうよ?」

一気に飛び込んできた光りに目が慣れるまでしばらくかかった。そして次第にクリアになっていく視界には、いつも通りに微笑むラブラドールの姿。
(…あれは、夢…?)
まだ状況を把握しきれず混乱する思考の中、ただひとつ、ラブラドールが触れられる距離にいるという現実だけに安堵の息がこぼれた。

「カストル…?」
「いえ…、起こして下さってありがとうございます、ラブ」

自分を落ち着かせるように深く息を吐き出して、周囲を見渡した。
そこは先程までいた中庭で、ラブラドールを探していた木の根元。ラブラドールを探すうちに、いつのまにか自分が眠ってしまったのだろうか。

「ふふ、いつもと逆だねカストル。野良寝しちゃうほど疲れてるなら、後でカモミールティーをいれてあげる」
「そうですね…、お願いします」

柔らかく微笑むラブラドールの笑顔に、先程までの不安はきれいに消えた。
あれはきっと、自身の心の弱さがみせた夢幻。

(もう、あんなことは二度とおこさせない)










20110323





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -