Healing magic.



深い深い眠りからふつりと意識が浮き上がる。ふわふわと安定しない思考回路が現状を把握しようと必死に動いている。
冷たい身体を温めているのはふわふわとした布団で、右手にはまた別の温もりがある。逆になにも感じない左手。
ああ、と浮かんでいた思考回路が繋がった。

「カストル…!」

右手の温もりが強くなって手を握られていたことに気づいた。
まるで何年も会っていなかったかのような懐かしい声に、込み上げてくる愛しさと恋しさを噛み締めて。微かに開けた瞳にぼんやりと映るラブラドールはその視界でもはっきりと分かるくらいに綺麗な顔を歪ませていた。

「…何故泣いているのです」
「なんでって、そんなの…!」

潤んだ瞳から溜まっていた雫がぽたぽたと落ちる。
だんだんと鮮明になっていく視界の中に彼の顔がリアルに映し出されて、共に存在できている安堵感にほっと息をついた。
久々に出した声は少し掠れていて身体はずしりと重い。天井から下がる控えめなライトの明かりすらも眩しくて微かに細めた瞳。そんな行為にすら不安げに見つめてくるラブラドールに「大丈夫ですよ」と呟いて、その頬にそっと手を添えた。

「あなたが無事でよかった」

本当に、守れたことへの喜び。柔らかく微笑んで、瞳に溜まった雫をそっと拭き取ってやると、ゆっくり落ちてきらきら消える綺麗な雫。
まるで1カラットのダイヤを空中から散らばせて、地面に落ちた時に弾む輝きのようだ。

一体あれからどれだけの時間を暗闇で過ごしたのだろうと考えるも検討がつくはずもなく。今日が何日かも分からず、ただあの時守れた存在が今ここにあることだけが心を満たしている。とても温かく、だれよりも優しくそして脆い。
あの時この温もりを失っていたらと考えると暗澹で全身が振るい上がるようだ。

「私はあなたが居ない世界なんて考えられないのです、」
「それは僕も同じだよ、」

雫で濡れた睫毛が揺れる。

「だから、自分を責めないで」
「でも、カストルがこうなったのは僕のせいなんだ」
「いいえ、私はあなたを守れて嬉しいのですよ」
「だけど、」
「ラブ」

ふわりと微笑んで唯一ある右腕でラブラドールを引き寄せた。

「か、カストル…!?」

突然のことに驚くラブラドールを力強く抱きしめて、温もりを胸のなかに留める。そしてそのまましばしの静寂。
ゆっくりと進むこの時間がとても好きだ。直に伝わる熱に帰ってきたことへの安堵感(=幸せの幸福感)
始めは驚きで抵抗していたラブラドールも今はカストルに身体を預けてそっと瞳を閉じている。本当に愛しい、離したくない、失いたくない、もうけして一人になんてしたくない…!

「もう一人で戦ったりしないで下さい、」

私はあなたのように予知する力がないから今回のようにまた守れるか分からない。守れたとしても、今回のようにどちらかが傷を負うかもしれない。そうしたらあなたはまた悲い瞳を向けるのでしょう?

「…優しいんだね、」
「優しいのはあなたでしょう」
「ううん違う。僕は知っていたんだ、カストルがこうなる事。なのに君には言わずに。
でも変えたかったんだ、僕の行動で少しでもいい未来に変わるならって、」

カストルの胸に顔を埋めるラブラドールの髪を、抱きしめていた右腕で優しく撫でた。

「それがあなたの“優しさ”ですよ」
「それでも、僕の行動は間違っていたのに、」
「ラブ、いま一緒にいれるだけでも、いい未来に変わったと思いませんか?」

言い聞かせるように優しく囁いて、再びラブラドールの身体に腕を回す。
ほら、片手だけでもこんなにあなたを抱きしめることが出来る。失った代償は大きいけれど、あなたを失うよりかは断然小さな代償なんだ。
今、この腕の中にラブラドールの温もりがある。ちゃんと抱きしめられる。なにも不自由などない。むしろ至福の時間。幸せの燈し火。

「…ありがとう、カストル」
「やっと笑ってくれましたね」

抱きしめていた力を緩めると、ゆっくりと身体を起こしたラブラドールが柔らかく微笑んだ。それに答えるように自分も微笑む。
どんな薬よりも力よりも『笑顔』というものは時に最大の癒し効果になるのだから。夢の世界でいうならそれはもう最高の魔法のように。
私にとってあなたの笑顔はそう、最高の癒し魔法。

「あなたには笑顔が一番似合いますよ」

暗闇で過ごした時間、不安でいっぱいだった心はもう虹色に。今は安堵感と幸福感で今にも溢れ出しそうなくらいなのだから。
再び繋がった右腕の温もりにただいまを。ダイヤのような涙には感謝を込めて、ありがとうとさようなら。









20100111





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