小説(HQ)

晴れの日にふさわしい、雲ひとつない青い空に響き渡る幸せの鐘の音。純白のドレスに身を包んだ彼女は、目尻に涙を溜めた親父さんに手を引かれながらバージンロードを一歩、また一歩と歩いていく。その先で緊張した面持ちで背筋を伸ばす新郎の口元は、きつく結ばれている。
「なんでや、ナマエ」
「そいつ誰や、彼氏おらんって言うてたやん」
今すぐに立ち上がって、父の手から新郎の手へと繋ぎかえられる手を掴みたいのに。声も出なければ、尻が椅子に張り付いたように立ち上がることができない。
「待てや、ナマエっ!」
薄いベールを取り払い、肩に手を置いた新郎がゆっくりとナマエの唇へと向けて近づいていく。どんなに叫んでも俺の声は届かなくて、ただただ手を伸ばすことしかできなかった。





* * *





地獄のような結婚式に絶望したのも束の間。気づけば実家に帰ってきていた。リビングのテーブルに突っ伏しながら、つい数年前まで同じ釜の飯を食べていた仲だったのに、と感傷に浸る。
「いつまで落ち込んでんねん」
「うっさいわサム」
「幼馴染が結婚したくらいで情けない。いつまでウジウジしてんねん」
「・・・ナマエは俺と結婚する言うてたんに」
「それいつの話や」


『おとなになったら、あつむのおよめさんにしてや』
あぁ、あの頃のナマエはほんま可愛かった。お姫様みたいなドレスを着て、世界で一番幸せな女の子になるんやって。シロツメクサで作った花冠を頭に乗っけて、茎を指に巻きつけて指輪だと笑っとった。

『侑も治も、バレーばっかでつまらん』
せや、俺らが小学校でバレー始めたあたりからナマエと距離ができて、あんまり話さなくなったんや。ナマエもバレーやればいいと何度かボールに触らせたが、手首が真っ赤に腫れるとすぐにやめてしまった。

『ノックくらいせぇやバカ!変態!』
中学ん時、ナマエん家の風呂が壊れたって理由でウチのシャワー使ってた時期があった。事前に知らされてなかった俺は、てっきりサムが入ってると思いこんで風呂の扉を開け、顔面に洗面器が飛んできたのも今となってはいい思い出や。

『ごめん、ずっと片思いしてる人おんねん』
たまに廊下ですれ違っても、目も合わせなくなった高校生活。バレー部が練習に使ってる体育館の裏で、同学年の男がナマエに告白しとった。その後も風の噂で彼氏ができた、別れたと真偽の定かではない情報にイラつきながらも、バレーだけに集中してきた。


「なんでやねん・・・!片思いの相手って俺やなかったんかい!」
高校卒業したら遠くの大学へ行くと知った時、遅い時間にも関わらずアイツの家のチャイムを鳴らした。俺の焦りようをみて驚いた親父さんはなにも言わずに迎え入れてくれて、顔にパックを貼ってベッドに寝転んでいたナマエに連絡先を教えろと詰め寄った。
だからノックくらいして!と怒られたが、白い面が貼り付いた顔で怒られても面白おかしいだけで。ギスギスしていたことがウソのように、二人で腹を抱えて笑った。
俺は大阪でプロの道を、ナマエは東京で大学生活を営んでいる間も、マメに連絡を取り合っては互いの近況を把握してきたつもりやった。なのに、なんでや・・・。なんでこんなことになってんねん。もっと早く自分の気持ちに気づいとったら、否定せずに受け入れとったら、未来は変わっとったんか?悔しくて、虚しくて。行き場のない感情が心を支配し、思わず握った拳を机に叩きつけた。


「わぁっ!びっくりした!」
悲鳴に近い大きな声に、一気に意識が覚醒する。何度も瞬きを繰り返しながら、心配そうに俺を見つめる彼女は紛れもなく幼馴染であるナマエ本人で。
「なっ、なんでお前がおんねん!」
「いきなりなんやねん、おったら悪いん?」
「いや、だってお前、結婚式・・・旦那は」
「だいぶうなされてたけど、変な夢見てたんやね」
困ったように微笑みつつも、悪夢をみた子どもをあやすように頭をなでてくれる。なんや、全部夢、だったんか。
「練習で疲れとるんやね。寝とったから、起きてから渡そうと思って。ハイ、これ」
差し出された白い封筒には、宮侑様と達筆で書かれている。何度か貰ったことがあるから開けなくても分かる、これは結婚式の招待状や。
「侑に渡すの、なんか緊張しちゃう。なんでやろ」
照れたように微笑む横顔は、新郎の口付けを待つ時の顔を思い起こさせた。
「誰や、相手」
「なに、急に」
「いいから答えや、アイツか?高校ん時に付き合ってたサッカー部のキャプテンか?」
「はぁ?なに言うて・・・」
「それとも俺に隠してコソコソ付き合っとるやつがおったんか?」
とぼけた返事しかしないナマエに怒りのボルテージは上がる一方で、左手の薬指を確認しようと手首を掴んで引っ張り上げた。
「ちょっ、痛っ」
「ないやん」
「さっきからどうしたん、話が全然噛み合わ「俺以外のヤツと結婚するなんて、絶対許さんからな!」
俺をマジマジと見つめる大きな瞳に、余裕のカケラもない俺が映っとる。ポカンと空いたナマエの口から「は?」と言葉が出るまでに数秒はかかり、「私、彼氏いたことないけど」と爆弾発言をかますナマエに、今度は俺の空いた口が塞がらない。
「は?彼氏いたことないって、なにかまととぶってんねん」
「誰がかまととや!私は昔から一途なだけや!」
「せやけどお前、高校ん時に・・・」
「告白断った腹いせに、いらん噂流されとっただけや。くだらない」
ふんっ、と鼻で笑う彼女に、何度もほんまか?ほんまに一度も彼氏おったことないんか?つまりお前、処女か?と言葉を投げつけたらさすがに頭を叩かれた。
「誰かさんと違って、本当に好きな人としか付き合いたくないんよ」
ぷいっと顔を背けてしまったが、髪からのぞく耳は赤い。これは期待してもええんか?途端にバクバクと鼓動を早める心臓に、ナマエの肩に触れようとする手が震えてしまう。
「さっきの招待状、私の親友のや。何回か一緒に飲んだの、覚えとるやろ?」
「おん、覚えとる」
「二人で来て欲しいって、預かったんよ。侑がイヤじゃなければ、やけど・・・」
尻すぼみになる声量に、落ちていく視線。なんやコイツ、こんな可愛かったか?さっき左手を確認したときに思ったけど、手ちっさすぎやろ。俺の返事を待ち詫び、チラリとこちらを見たナマエの瞳は戸惑いに揺れていて、衝動的に唇を重ねてしまった。
「・・・ッ!なっ、なにしてんねん!」
「ナマエの親父さんから託されるんは、俺や」
「はぁ!?さっきから意味わからん話ばっかして「俺も忘れとらんよ、ナマエのこと世界一幸せにするって約束」

『あつむは、ナマエをしあわせにすることをやくそくしますか?』
『おさむ、ちゃうちゃう!やくそくしますか、やなくて、ちかいますか?や』
『どっちでもいっしょやろ』
『だめー!ふたりとも、もういっかい!』


「えっ・・・」
「俺と結婚してや、ナマエ」
「ちょっ、こんなん、ズルいやん」
「ええやん、世界一幸せなお嫁さんにしたる」
感極まったのか、ぽろぽろと大粒の涙をこぼすナマエを抱き止めつつ、手入れの行き届いた髪をなでる。
「なぁ、もっかいキスしてもええ?」
「ダメ」
「なんでや、俺ナマエのこと好きな「わーわーわー!聞こえない!」
アカン、必死な照れ隠しも俺を押し返すほっそい腕も、好きだと自覚してから可愛くてたまらへん。意地でもナマエの口から俺が好きだと聞きたいし、もっと触れたい。危険を察知したのか、脱兎の如く逃げ出したナマエとの追いかけっこは、治が気づいて止めに入るまで続いた。

いつかの日に叶う物語

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