小説

「美味しかったー!」
「デザートまであれば文句なしなんだけどね」
「あー、確かに!私、パフェがいいな」
「じゃあ、さっさとこの部屋出て食べに行こうか」
そうだった・・・。想像以上に美味しい料理と、雑談を交えた楽しい食事に舞い上がり、すっかり緊張感を失くしていたが、ここは呪霊の生得領域の中だ。名前を呼び合うことで食事が出現したということは、次の指示もクリアすれば何かしらのアクションがあるのだろう。思わず不安な気持ちが蘇り、縋るような思いで目の前の五条さんを見つめてしまう。

「なに?物足りないの?」
「ちっ、違いますよ!ただ・・・本当に出られるのかなって、不安になっちゃって」
「まっ、なんとかなるでしょ!僕、最強だし」
にっこり微笑む姿に、思わず口元が緩む。そうだ、忘れかけていたが、彼は特級呪術師の五条悟なのだ。
「あの・・・。よく考えたら、五条さんの力でこの生得領域を抜けられるのでは?」
ふと湧いた疑問をそのままぶつけるが、相変わらず微笑んだまま、目元は黒いアイマスクに覆われて感情を伺うことができない。
「試すことはできるけど、未知の呪霊だからね。その呪霊が作り出した未知の生得領域。下手な動きは避けた方がいい」
「そ、そうですよね!ごめんなさい」
まさか、五条さんが出られるのに出ないんじゃないか、なんてあらぬ疑いをかけてしまった。いけないいけない、私の命運は五条さんが握っているといっても過言ではないのだ。こんな訳の分からない場所で一人でいる不安を考えれば、五条さんに従った方がいい。

「そういえば、食事前に見つけたメモ、見せてもらってもいい?」
「あっ、そうでしたね。コレです」
先程の件で自分で見るのは抵抗があり、素直にポケットからメモを出して渡せば、五条さんはメモを見つめたまま黙り込んでしまった。一体どんな指示が書いてあるのか・・・。まさか、無茶な要求じゃなければいいけど。固唾を飲んで五条さんの言葉を待てば、何も言わずに立ち上がる姿に慌てて後を追うように立ち上がる。私に背中を向けたまま、立ち尽くす五条さん。一体、何が書いてあったの?
「あ、あの、メモにはなにが・・・」
勇気を振り絞って声を掛けているのに、私に背中を向けたまま何も答えない五条さんに不安が募る。なにか恐ろしい指示が書かれていたのかもしれない、もしかしたら戦闘を強要するような。もしそうなれば私は・・・。恐怖と不安に支配されそうになる心が悲鳴を上げる。こんな気持ちになるなら、メモを自分で見れば良かった。後悔しても遅いし、ただひたすら、五条さんが口を開くのを待つしかない。時間が永遠のように感じる中、ついに五条さんが口を開く。

「ナマエちゃん、おいで」
「へっ?」
振り返るのと同時に、私に向かって両腕を広げ、優しい音色で掛けられた言葉。揺さぶられたばかりの心に、甘い誘惑が響く。
「ほら、早く。おいで」
「ッ・・・!」
羞恥心よりも、甘い誘惑が勝った。もしかしたら罠かもしれない、"相手を行動不能にする"とか、そういう指示なのかもしれない。それでも私の足は目の前の五条さんの胸に向かって真っ直ぐに駆け寄り、飛び込んだ。硬い胸板に顔がぶつかれば、ふわりと香る匂い。優しく背中に回された腕に、心臓がバクバクと音を立てて動き出す。優しく髪を撫でられ、頭に温かいなにかが触れた瞬間、部屋に大きな音が響き渡る。

ガチャンッ!
「痛っ」
「あっ、ごめんなさい!」
音に驚いて勢いよく頭を上げれば、五条さんが鼻を押さえている。もしかして、さっき頭に触れた柔らかいものは・・・。そこまで考えて顔に熱が集まるのを感じる。
「い、今の音、な、なんでしょうね!わ、私、見てきますね!」
明らかに挙動不審になってしまったが、仕方ないだろう。紙にどんな指示が書いてあったのか、興味はあるが恥ずかしくて顔を見れない。顔に集まる熱を逃すように部屋中を見渡せば、新しく出現した扉に期待が膨らむ。
「やった!きっと出口ですよ!」
「ナマエちゃん、ちょっと・・・」
背後で私を咎める声が聞こえるが、気にしていられない。五条さんとハグしたなんて、思い出しただけで顔から火が出そうだ。さっさとこの生得領域から抜け出して・・・。
「へ?」

視界を奪う湯気に立ち尽くす

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