小説

「んっ・・・」
ズキズキと痛む頭に顔を顰めながら目を開ければ、視界に入るのは白一色。真っ白なシーツに真っ白な壁。ここは・・・どこ?
身体を起こして周囲を見渡せば、扉も窓もない、ベッドのみのシンプルな空間。そうだ、私は・・・!
「五条さん!いますか?」
急に一人でいることが心細くなり、任務同行していた五条さんを探すが、人の気配はない。ベッドから降りて壁を触りながら歩くが、壁は壁。次第に大きくなる不安に、思わず身体が震え出す。
「どうしよう・・・。きっとあの呪霊のせいだ」
とある田舎の山奥に突如出現した等級不明の呪霊。調査に向かった窓や補助監督が戻らない為、特級呪術師である五条さんへお鉢が回ってきたのだ。そして付き添いの補助監督として選ばれたのが私。五条さんの任務は、伊地知くんが同行することがほとんどだから、正直焦った。ほとんど会話したこともなければ、接点さえなかった私たち。同級生とはいえ、京都校出身の私は、姉妹交流会で仲間の影に隠れて見ていただけだ。
かなり緊張したが、車内では気さくな態度と気遣いのおかげで楽しく過ごせた。あとは五条さんが呪霊を祓って、行方不明の仲間を見つけてお終い、そう思っていたのに・・・。

「怒られるかなぁ」
正体不明の呪霊が相手故に、決して帳の中には入らぬよう釘を刺されていた。中へ消えてから数時間経っても戻らぬ五条さんに不安を覚え始めた時、私を呼ぶ五条さんの声が聞こえて、つい中へ入ってしまったのだ。薄暗い帳の中で私を待っていたのは、恐ろしい姿の呪霊。一瞬で死を覚悟して目を瞑ったのが最後の記憶。目が覚めてからは、この部屋に閉じ込められていた。
一人でいるのは怖いし、不安だ。例え怒られてもいいから、五条さんと早く合流したい。拳をギュッと握り、覚悟を決める。なにか部屋を出るヒントがないか、再度室内を見渡せば、先程まではなかった扉が出現し、希望に胸が震える。

「よかった!出口だ!」
ドアノブに飛びついてゆっくりと回せば、再び視界を襲う白。出口ではなく、扉の先にあるのは同じ白い部屋だった。
「そ、そんな・・・」
見事に打ち砕かれた希望と残酷な現実に、思わず涙腺が緩むのを感じる。お願いします、神様。なんでもするから、私をここから出して・・・!せめて、五条さんに会いたい!
「僕ならここにいるよ?」
「へっ?」
背後から聞こえた声に振り返れば、数時間前に別れた五条さんの姿。
「えっ、ご、五条さん!本物!?」
「本物だよ、触って確認する?」
「さ、触る!?結構です。それより、今までどこに・・・!」
不安に押しつぶされそうな時に突如現れた彼に、驚きと安心感で心臓がバクバクと音を立て始める。とんでもない冗談を言っているが、きっと私の緊張を和ませる為だろう。学生時代の印象と異なり、人当たりの良さを感じる。

「推測するに、正体不明の呪霊が作り出した、未完成の生得領域だろうね」
「未完成、ですか?」
「なにか変わったことはなかった?」
「あっ・・・」
思い返せば、ベッドしかなかった部屋に突然ドアが現れたり、私の背後から五条さんが現れたり、おかしなことばかりが起きている。
「まさか、五条さんも」
「僕がいた部屋はドアを閉めたら消えちゃったみたいでね」
「え、待って。いつから見てました?」
「んー?ナマエちゃんが大喜びでドアノブ掴んで「わー!いいです、言わなくていいです!」
もっと早く声かけてくれてもいいじゃない、と頬を膨らませて軽く睨んでみるが、ちっとも効果はないようだ。

「五条さんのいた部屋には、なにかありました?」
「あったのはコレだけ」
手渡された小さな白いメモを受け取り、中を開けば時が止まる。
「じょ、冗談・・・ですよね?」


冗談かどうかは、試してみたら分かるよ

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