小説

せっかくご褒美あげるって約束したのに、全てを諦めた目のまま、僕を置いて帰っちゃうんだもん。悪いことしたらちゃんと叱ってやらないと。表示された時刻表を確認すると、立ち上がって駅に向かう。勝ち目はないと分かっていて怯え震えるくせに、たまに瞳の奥に炎を燃やしながら僕に反抗する事がある。
「そういうところも、いじめたくなるんだよね」
本家で僕の姿を見たナマエがどんな反応をするのか、想像するだけで興奮する。そうだ、着物を着よう。頼まれても滅多に着ないソレを着た僕に、どんな反応をみせるか楽しみだ。駅に到着し、新幹線の中で食べるお菓子を買うと、少し先の未来を想像して口元が緩む。

静かな車内で束の間の休息を楽しみ、京都駅へ到着すれば、昔から僕に仕えている使用人が出迎える。
「お帰りなさいませ、悟様」
「急に悪かったね」
長い付き合いだ、一言メッセージを送れば、何も聞かずに僕の思い通りに動く。なぜ一度抵抗を諦めたナマエが、わざわざアラームをかけてまで本家へ帰ろうとするのか。彼女にとっても好ましい場所ではないはずだ。
「本日は会合がございます。ご出席されるのですか?」
後部座席で考え込んでいた僕になにかを察したのか、問いかけられた言葉で、点と点が繋がる。
「うん、たまたま気が向いたからね。たまには老害達の相手もしておかないとね」
「それにしては随分とご機嫌なご様子ですが。なにか良いことでもありましたか」
「・・・そうかな。でも、"イイコト"があるのは、今からかな」
その前に、面倒だが片付けないといけないことがある。僕のお楽しみを邪魔した罪はちゃんと償わせなきゃ。





* * *





「えっ、お、お帰りなさいませ!悟様!」
「は、早くみんなに伝えて!悟様のお帰りよ!」
連絡もなく戻ったご当主様に、使用人達が大慌てで走り回っている。ナマエはタクシーで来るだろうから、到着はもう少し先になるだろう。お召し物を、お食事を、と纏まりつく声を片手で払い除け、一人で自室へと足を向ける。着替えを手伝ってもらうなら、ナマエに頼む。僕に近づいていい使用人は、今も昔も彼女一人だけなのだから。
たまにしか帰らぬ主人を待ち続けた部屋は、日々行き届いた掃除がされているのだろう。埃一つない箪笥から着物を取り出し、袖を通して帯をきつく結ぶ。
会合に出るのは面倒だ。分家からやって来る家長を始め、本家のじじい共からの擦り寄り、嫌味の視線、好機を伺う老害達の集合体。恐らく、毎回ナマエを呼び出してなにかしているのだろう。誰の女に手出してるのか、教えてやる必要がある。

「はあー。めんどくせぇ」
いくらナマエの為とはいえ、面倒なものは面倒だ。バタバタと使用人達が料理を運ぶ大広間へ迎えば、いち早く僕の姿に気づいた分家の家長が声を掛けてくる。
「こ、これはこれは!まさかご当主様のお目にかかれるとは!」
ほらみろ、始まった。
「さぁさぁ、どうぞコチラへ。おいっ、使用人!悟様のお食事をお待ちせんか!」
「は、はい!すぐにお待ち致します!」
思わず吐きかけたため息を鼻から逃すと、堂々と空けられた上座に腰を下ろす。鬱陶しく集まる視線と、掛けられる言葉に機嫌が急降下するのを感じるが、もう少しの我慢だ。

ガラッ
突然開いた襖に全員が注目し、分家の家長が現れたナマエに罵声を浴びせる。
「遅いじゃないか!何をしていたんだ!」
あえて咎めもせず、部屋の入口で驚き立ちすくむ彼女に、わざと冷たい視線を返す。
「なに、キミ。誰の指示で"ココ"に来たの?」
「えっ・・・あ・・・わ、私は」
僕の一言と一斉に集まった視線に、完全に怯えきったナマエは、声を震わせながら懸命に答えを考えている。彼女を呼び出し、罵声を浴びせたばかりの男は、数度下がった空気を察知し、違う意味でナマエを睨みつけている。
「間違えて入ったなら早く戻りなよ。ココはキミみたいな子が来ていい場所じゃない」
先程までの愉快な空気が一変、水を打ったように静まり返る。失礼しました、と言葉を残してパタパタと立ち去るナマエを見届けると、腹の底から声を出す。

で、コイツを呼んだの誰? どうせ初めてじゃないんだろ

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