小説

「どう?」
「うーん」
「どう?」
「・・・伏黒はどう思う?」
「どう?」
「おっ、それいい!」
ナマエが大量の服と共に試着室へ引きずられて、どのくらい時間が経っただろう。ドヤ顔で釘崎がカーテンを開けては、借りてきた猫状態のナマエに虎杖がコメントを残す。何度も繰り返されるやり取りを適当に流し、再びカーテンが閉められた。薄い布の向こう側から、軽く抵抗する声が聞こえるが、本気でイヤならば自力で出てくるだろう。
「これはさすがに・・・!」
「なに言ってんの、もうすぐ夏なのに」
「でっ、でも」
「はいはい、ムッツリ伏黒にサービス」
シャッーっと勢いよく音を立てて開いた試着室には、時期的には少し早い水着姿のナマエ。露出が少ないタイプとはいえ、肌が見えすぎている。「お前は見るな」と咄嗟に虎杖の目を塞いで、俺自身も視線を逸らす。
「やーい、ムッツリ!」
一人楽しそうな釘崎とは対照的に、着せ替え人形にされて疲れたのか、ナマエは俯いたまま言葉を発さない。そのまま店内の時計で時刻を確認すれば、約束の刻が迫っている。
「釘崎」
「分かってるわよ」
どれが気に入った?一枚くらい買えば?と中で問いかける釘崎に、ナマエは金銭の類を一切持っていないことを伝えるべきか悩む。
五条先生から提示された条件の一つ、金銭面は全額こちらで負担すること。そこには東京と京都間の交通費までも含まれ、了承はしたものの腑に落ちない。術師として任務に赴く以上、ある程度の報酬が発生する。派手な生活や自己投資する性格じゃない、そうなると考えられる理由は一つだけ。
「お待たせ」
「本当に一枚も買わないの?」
「うん、ありがとう。すごく楽しかった」
「夏は絶対、プール行くから。水着代くらい、貯めときなさいよ!」
「ふふっ、楽しみにしてるね」
脱いだばかりの水着をハンガーにかけながら、サラッと未来の約束をしていることに少し驚く。実家に搾取され、一円も自由に使える金がないのだろう。このままでは叶うことない約束を、自然な笑顔で交わすナマエ。俺が金を払うことは簡単なのに、それを言い出せぬまま二人は試着室から出てきた。
元の着せられた服に戻った人形は、釘崎の手元にある服を静かに見つめている。いかがでしたか?と笑顔で近づいてきた店員に試着の礼を告げ、検討する旨を伝えて全員で店を後にする。まだ納得がいかないと不満げな釘崎とは対照的に、ナマエは穏やかに微笑んでいた。

「コイツらから離れるなよ」
「うん?恵はどこ行くの」
「忘れ物」
「私たちはスタバ行くわよ、新作のフラペチーノ飲まなきゃ」
「スタバってなに?」
ナマエを挟んで歩き出した三人に背を向け、出たばかりのアパレルショップへ足を向ける。正直、どの服も似合っていた。反応は虎杖任せ、気恥ずかしさから興味のないフリを通したが、目を奪われた服があった。
「あれ、さっきの彼氏さん。お一人ですか?」
試着後に近づいてきた店員が、不自然な速さで距離を詰めてきて、一気に居心地が悪くなる。
「彼氏じゃありません」
「あれ、違いました?あの子、カーテン開けるたびにキミの反応気にしてたから、可愛いくって」
お兄さんが戻ってきたから、つい声かけちゃいました。そう言って顔に花を咲かせる店員に、胸の奥がむず痒くなる。
「気になる服、ありました?」
試着室前にかけられたままのハンガーに目当てのものを見つけ、試しに裾の部分へ触れてみる。思った以上に柔らかな生地は手に馴染み、裾をひらりと舞い上がらせるナマエの姿を容易に思い起こさせた。
「この服を」
「ありがとうございます、新品をお持ちしますね」
意気揚々とレジの奥へ消えた店員を見送り、再び時刻を確認してため息を吐く。別れの時は刻一刻と近づいていた。今日は、これでよかったんだろうか。結局、高専へ入学する意思があるのか、アイツの本心はどこにあるのか、余計に分からなくなる出来事ばかりだった。
「お待たせしました、ラッピングしてもいいですか?」
今頃、数あるメニューに目を輝かせ、悩んでいるだろうか。俺の仲間はいい奴らだろ。もうお前を救いたいと思っているのは、俺だけじゃない。そして俺も、ただ泣いているお前を抱きしめることしかできない、無策な男じゃない。
「ありがとうございましたー!」
相変わらずの笑顔で手を振る店員に軽く頭を下げ、これからの動きに思考を巡らせる。

透明な言葉は、いつだって君に届かない

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