小説

「断られたんじゃなくて、私が拒否したの」
俺のストレートすぎた問いに、一瞬で感情を失くしたナマエが答える。手にしていたおもちゃはトレーの隅へ置かれ、食べられる時を今か今かと待っていたポテトはしなびてしまっている。
「大人はみんな、平気でウソを吐くの。お前のためだって大義名分掲げて、最後まで救う覚悟もないくせに人の心を弄ぶ」
「学長になに聞かれたんだよ」
「・・・・・・私のお母さんが死んだ理由」
父親は生死不明、母親はナマエを出産後間もなく死んだとは聞いていたが、そこになにかあるのか?そもそも五条先生から聞いた話だ、学長が知らないわけがない。なぜあえてそこを入学試験と称して掘り返した?
ここは言葉を選んで慎重に、下手に刺激せずに。間違いなくナマエの地雷だ。かといって避けては通れない、一度この話を始めたからにはちゃんと話を・・・
「ちょっ、それ俺のソース!」
「うっさいわね、期間限定ソースと交換してあげるんだから、ありがたく思いなさいよ」
「さっきマズイって言ってたよな!?」
なんでコイツらがいるんだよ。
俺たちの会話がギリギリ聞こえない程度の、俺の席からは死角になっているカウンター席。一席分空けて座る、クソダサいサングラスをかけた虎杖と、変装する気などサラサラない釘崎の姿。
「返せよ、俺のマスタード!」
「残り一個でしょ、男なんだから我慢しなさいよ」
ナゲット片手にヤイヤイと言い合いする二人は、俺が背後にいることに気づいていない。席に置いてきたナマエは、変わらず感情の読み取れない表情で座っている。
「お前ら、なにやってんだよ」
「ゲッ!ふっ、伏黒!?」
「ヤバッ・・・じゃなくて、こんなとこで会うなんて、奇遇ね!」
「ほんと!すげぇ偶然だな、俺たちもたまたまマック食うか!って流れになって・・・」
「どこから尾けてた」
必死に言い訳をする虎杖と釘崎だが、妙な視線の正体の謎が解けた。途中で完全に撒いたと思ったのに、敵意のない二つの視線を感じていたのだ。
「・・・あの子だろ、五条先生が言ってたの」
虎杖が遠慮がちに視線を送った先には、しなびたポテトをつまんで咀嚼するナマエの姿。おもちゃ一つであんなに喜んでいたのが、嘘のように表情が死んでいる。
「だったらなんだよ」
「アンタ、なに言ったのよ。さっきまで普通の女の子だったのに、一変したじゃない。どうせデリカシーのないこと言ったんでしょ」
「お前らには関係ないだろ、冷やかしなら帰れよ」
あながち間違いでもない指摘に、返す言葉が見つからない。とりあえずコイツらをさっさと追い払って、ナマエの元へ戻らねば。冷やかしじゃないとヤイヤイ言い返してくる虎杖と釘崎に、頭痛がしてきた頃。控えめに引っ張られた服の裾に振り返ると、ナマエが立っていた。
「恵の、知り合い?」
「高専の同期」
「同期ってなんだよ、友達だろ?いや、友達というより仲間か・・・?あっ、俺、虎杖悠仁!こっちは釘崎な!」
よろしく!と笑顔と共に差し出された虎杖の右手に、突然のことに戸惑ったのか、助けを求めるように俺の背中へ隠れてしまった。
「バカ、完全に警戒されちゃったじゃない」
「えぇっ、俺のせい?そんなことないよな、伏黒!」
「俺に聞くな」
相変わらず、俺の服を握ったまま隠れているナマエ。荷物も席に置いたままだし、そもそもマックに長居する気はない。必ず指定の時間に、指定の場所へ連れて来るよう、五条先生から釘を刺されているのだ。面倒なことになる前に話を切り上げて、さっさと移動しよう。肝心の話は、コイツらの登場で中途半端になっているのだ。そろそろ行くぞ、そう口を開きかけた時だった。
「ねぇ、その服。自分で選んだの?」
俺の後ろを指差し、怪訝な顔をする釘崎。対するナマエは、顔だけをひょこっと出して、「準備されたものを着てきた」と答えた。
「そうだと思った、センスが昭和なのよ。どうせ行くとこ決まってないんでしょ。ショッピング行くわよ、私がコーディネートしてあげる」
「おい!なに勝手なこと言って「いいの?」
不安が入り交じりながらも、真っ直ぐに釘崎を見つめて話すナマエ。予想外の反応に釘崎も一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに自信に満ちた表情へ変わると、残りのナゲットをソースに沈めて片付け始めた。もちろん、虎杖のソースへ。
「ほら、突っ立ってないで早く準備して。虎杖と伏黒は荷物持ちよ」
「へーい」
「待て、俺は」
「私、行きたい」
意外だった。中学時代、女子生徒と話す姿もほとんど見たことがなかった。必要最低限の会話と人間関係の中で生きてきたコイツが、俺たちの輪へ入ろうとしている。
「恵の友達のこと、知りたいの」
わずかに取り戻した表情から読み取れるのは、好奇心、はたまた純粋な興味か。「お願い」そう小さく囁かれれば、ダメだと言うこともできなくて。
「三時には東京駅に向かう。時間厳守だ」
「うん、ありがとう」
この選択が果たして正しいのか。鬼が出るか蛇が出るか、誰にも分からない。でも、もし。ほんの少しでもナマエが東京校へ良いイメージを持ってくれたのなら。

キミを救う一歩になればと
願ってしまうんだ

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